1-7 回想ーエルフ王国①
「あ、あれが?」
片倉梓という女子大生が驚きを示す。その理由は誓道にも何となく分かった。
なにせ、動きがまるでロボットのソレではない。
元の世界に存在したロボットというものは、もっと単調かつ単純な動作しかできなかった。ところが祭器はほとんど人間のように滑らかに動いている。ロボットと言われなければ、本当に巨人だと勘違いしただろう。
巨人たちはどうやら互いに戦い合っているようで、殴りや蹴りを使った肉弾戦を繰り広げている。人間のプロ選手のように滑らかに受け流したり、防御することもお手の物のようだった。
馬車の中から格闘の様子を追っていた誓道は、ある異変に気づく。祭器の肉体が一部分膨れあがったり、逆に縮んでいる。たとえば拳や太ももなどの一部が大きくなっていた。
「あ、あの。ロボットの一部って変形する、んですか?」
恐る恐る源四郎に聞くと、腕組していた彼は眉を上げた後、ニヤリと笑った。
「なんや、ぼけーっとしとる男やと思っとったけど、着眼点はええな。それこそが祭器の特徴かつ全てと言ってええやろ。わかりやすいのはあいつの機体や」
源四郎が窓の外を指さす。示された先には白い祭器が居た。その機体だけ、一目で状況が違うと分かった。なにせ祭器三体に囲まれている。つまり、三体を同時に相手しているのだ。
三体が白い祭器に襲い掛かった。しかし白い祭器は軽やかな動作で回避していく。攻撃が掠りもしない。
誓道は目を凝らして観察し、気付いた。白い祭器が回避する瞬間、太ももが大きく膨れあがっている。そして回避後には元の大きさに戻っている。逆に襲い掛かる三体も攻撃のタイミングで、使う部位の体積が著しく増大していた。
どうやら祭器というのは、動きに合わせて肉体の一部を変質させることができるらしい。
攻防が続き土煙があがる中、一体の祭器が蹴りを放つ。白い祭器は飛び上がって回避した。巨大な肉体としては驚くほどの高さに跳躍した白い祭器は、そこで右腕を引き絞る。
次の瞬間、右腕が伸びた。
放たれた腕は一直線に、相手の祭器の胴体を殴り飛ばす。衝撃を受け止めきれなかった祭器が仰向けに倒れた。白い祭器の右腕はまたメジャーを巻き戻すように元に戻り、着地。そして息つく間もなく屈み込むと、今度は左足を長く伸ばした。鞭のようにしなった脚部が地面すれすれを滑る。
襲い掛かっていた二体の祭器は、白い祭器の足払いを受けて転倒した。
土埃の中、白い祭器がゆっくりと立ち上がる。三体を倒して尚、悠々としていた。
「奴がうちのエース、ローラン・クラウディオや。さっき繰り出したんは
「イメージを……再現」
「いうてそんな簡単やあらへんで? 自分の腕を伸ばすなんて、普段の肉体操作とかけ離れた動作を忠実に思い描くのは訓練が必要や。それにFP値が高くないと、祭器の人工筋肉はうまく変形してくれへん。素質が必要っちゅうことやな」
FP値とは、召喚時に計測された値だ。何の数値かと思っていたが、ようやく合点が行った。
「ああいう戦い方ができるかどうかは努力次第やけど、君等はFP値が平均値よりも高い人材やからな。可能性はあるで。特に、君」
指を指されたのは誓道だった。片倉と長野の視線が誓道に集まる。
「君はローランより高いFP値を叩き出したんや。祭器の人工筋肉を自由自在に操れる、またとない逸材やろう。エルフ王国は次世代のエースとして期待しとる。あんじょう気張りや」
誓道は固まってしまう。そんな期待の言葉、これまでの人生で言われたことがなかった。
「なんや、うっすい反応やのう。頑張りますくらい言えへんのか?」
「あっ……は、はい! 頑張ります!」
咄嗟に頭を下げた誓道の頭を、源四郎がぺしぺしと叩く。「その意気や」
頭を上げた誓道は、自分の胸を抑える。ドキドキと心臓が高鳴っていた。
わけもわからず連れてこられた異世界で不安しかなかった胸中に、高揚の熱が混じっていた。
人舎に連れてこられてからの数日間、誓道はこの世界の様々な知識、規範、環境、社会、人舎という施設の役割、先輩や職員との関係、転移者の立場を教わった。そして、なぜ自分たちのような素人が戦わされているのか、その理由も。
この世界では各種族が国を収めているが、国家同士の対立や戦争は禁忌とされている。戒律を破れば様々な災いが起こる、らしい。
しかし国同士の揉め事やいざこざは避けられず、また自国を豊かにしようとするのが生き物の常だ。
そこで転移者が召喚され、祭器に乗せて戦わせるという代理戦争が誕生した。これは1000年前に制定され、以来ずっと国同士の問題や権利の獲得、領土の拡大といった重要な交渉事が、戦争という手段に頼ることなく解決されてきた、らしい。
ではなぜ祭器には転移者しか乗れないのか? なぜ祭器というロボットのようなものが、この世界には居なかった人間という生物に合わせて作られたのか?
当たり前の疑問に源四郎は「全ては「神」の仕業や」と答えた。
神が争うべからず、しかし解決の手段は残しておく、と約束して祭器が作られ、この世界のしがらみと関係ない存在――人間を外から連れて来るシステムを作った、らしい。
何もかもらしいとしか言えない、曖昧な背景だった。しかし、部外者である人間がこの世界の根幹を探ることはできず、源四郎もエルフから聞いたことしか答えられないようだった。
分かっていることは、代理戦争の道具であること。自分たちはそれ以上でも以下でもないのだと、様々な話を聞いて誓道は痛感していった。
情報を得た後は、道具に成るための訓練が始まる。
まず手始めに実施されたのは、祭器の肉体変化――エリキサと呼ばれる、内部フレームに固着した人工筋肉組織の操作訓練だ。
祭器の構造は人間に似ている。つまり人間でいう骨があり、そこに筋肉繊維が結着している。その筋肉があるおかげで物が掴めたり持ち上げたりできるし、歩いたりジャンプしたときの負荷を吸収することができる。人工筋肉であるエリキサは文字通り、筋肉の役割を担い、祭器の行動を補助し強化する。まるで人間のように滑らかに動いていたのは、いわば人工筋肉のおかげだ。
そして、筋肉の操作も人間と似ている。
人間は脳から電気信号を出して筋肉を操作する。祭器もパイロットが発した「念波」によって動かすことができる。この念波の伝達率をFP値と言うらしく、高ければ高いほど人工筋肉を動かしやすくなる。
ただし、祭器と人間で決定的に違うことが二つある。
人間はほぼ無意識に筋肉を動かすことができる。「力を込める」なんて頭で考えなくてもいい。しかし祭器は「力を込める」と考えないと、人工筋肉を動かすことができない。イメージする、念じる、という作業が常に入ってくる。
そしてもう一つ、筋肉を自由自在に凝集させる、あるいは分散させられることだ。たとえば腕の人工筋肉を脚に移動させたり、筋肉量を一時的に増やすことができる。
ということで初心者はまず、機体操縦よりも先に人工筋肉を頭で考えて操作する方法を叩き込まれることになっていた。
人舎にある倉庫では、三体の祭器が格納された状態で稼働していた。
『次。右前腕に全体の三十パーセント集中』
誓道は祭器のコクピットである背部ユニットに乗り込み、モニターに映る源四郎を見ていた。ユニットの中には操縦用の二本のスティックとフットペダル以外にも色んな機械仕掛けが設置されている。モニターや外部の声を拾うスピーカー装置も現代技術で作られた製品と遜色なかった。エルフ王国のどこにも存在しないゴテゴテした機械の類は全て神が与えたもので、1000年前から変わらないという。神とはどんな存在なのかまるで見当もつかない。
『おい星野。ぼーっとすんな、はよせぇ』
「す、すみません!」
考え事をしていた誓道は慌てて答える。左右を見ると、同期の片倉と長野が乗る祭器の右腕はぐにゃりと動いていた。
誓道も右前腕に筋肉を移動させるイメージを浮かべる。その念波は額に装着した額当てから人工筋肉に伝わり、祭器の右腕が膨らむ。
『君らちゃんと学習せぇよ? 右腕だけ大きくしようとしてもあかんねんで。筋肉を集めんのや。全身に纏わせた人工筋肉が使える全量で、それらは四肢に散らばっとる。全身からかき集めて右腕に集中させるイメージやで』
源四郎はそうアドバイスするも、片倉と長野の機体の右腕は膨らんでいなかった。全身の体表が波打っただけで終わる。人工筋肉を右腕に集められていない。
『まだまだやな』と肩を竦めた源四郎は、次に誓道の機体に目を向ける。
『対して、こっちは順調やな』
誓道の機体の右腕は膨らんでいる。完璧に三十パーセントの人工筋肉を集めて固定していた。
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