1-8 回想ーエルフ王国②

『片倉と長野はさっきの指示をこなしとけ。星野だけ次の操作や。左肩に三十パーセント移動、その後両ももに二十パーセント移動して三分固定』


 誓道は言われたとおりにイメージする。思念通りに祭器の肩が盛り上がり、そして両の太ももに二十パーセント人工筋肉を移動させた後、三分間その状態を維持した。

 『ふーむ』顎に手を添えた源四郎は、少し考えた後に言った。


『星野。右手を上げて、その五指を別々の形に変形させるとかできるか?』

「え、動かしていいんですか?」


 誓道がコクピットで発した声は、背部ユニットに備わっている音声機越しに外に伝わった。


『かまへん。ええか、右手だけ動かすんやで? 他のコマンド打ったらハンガーが壊れるでな?』


 念を押された誓道は、緊張しながらも操縦桿を握る。

 人工筋肉は思念で動かす。では祭器はどう動かすのかというと、二本のスティック型操縦桿とフットペダルを使って、マニュアル操作で動かす。

 自由に動く人工筋肉と違って、機体はあらかじめ設定された動作モーションしかできない。その動作は、スティックに付けられた合計十個のボタンの組み合わせパターンによって、様々な動きが発動するようになっている。早い話が格ゲーと同じで、ボタンを押すとパンチやキック、色んなボタンの組み合わせで必殺技が出るというわけだ。

 右手を挙げるだけのモーションは、一つのボタンを押すだけだ。しかし、間違ってもう一つ押してしまうと、途端に別のモーションが発動してしまう。

 間違えなければいいだけなのだが、ビビりかつドジな誓道は恐る恐る押した。

 祭器の腕が上がり、掌を広げた状態で止まる。ほっと息を吐きつつ、指をそれぞれ変形させろという指示を思い出す。


(別々のって、こんな感じかな?)


 頭の中でイメージを描く。

 指に付着している薄い人工筋肉が、思念を読んで形を変えた。三角錐、円錐、四角形、らせん状、刃状と、五指はそれぞれ違う形状になっている。


『すげぇなあいつ!』『無理だぜ俺』『やばい新人が来たな』『ローラン並じゃね?』


 背部ユニットの中にたくさんの声が響いて、誓道はビクリとした。

 それは、格納庫の入口に集まった人々があげた歓声だった。エルフ王国の人舎に集う決闘士達――誓道よりも先に異世界に召還されエルフ王国に飼われた先輩達が、三体の祭器に近寄ってくる。

 どうやら彼らは自分の操作に驚いている。誓道にはそれが不思議だった。そんなに凄いことをしているのだろうか? 源四郎に言われたとおりにイメージすれば、割と楽に形を変えることができた。


『どう見る、ナンバーワン?』


 源四郎が、やってきた集団の一人に声をかけた。


『――素晴らしい才能だね。FP値の高さが前提にあるとしても、的確なイメージがないとできない芸当だ。彼は人工筋肉の循環、密度を感覚的に分かっているのだろう。まるで血液が体をどのように巡っているか把握しているかのようだね』


 そう語るのは、びっくりするくらいの美丈夫だった。

 肩までかかった金髪、彫りの深い顔立ちに高い鼻、目はアイスブルーの瞳。話す声は軽やかで耳障り良く、欠点がまるで見つけられない。転移者には間違いないはずだが、エルフと間違えそうなくらいの美貌だった。


『君は僕の良きライバルになるだろう。手合わせできる日が待ち遠しいよ』


 それが誰であるか、誓道は周囲のざわめきと、呼ばれていた名前で察する。

 エルフ王国の決闘士筆頭にして、前体会優勝者――ローラン・クラウディオ。その彼をして言わしめた言葉の重みは、来たばかりの誓道でもハッキリと理解できた。


「そっ……そんな、俺なんて」

『期待している』


 ローランは微笑みと共に背を向けて、格納庫の外へと向かっていく。彼の後を追うように先輩たちも出ていった。

 ただ、その中の数人がこちらを振り返って視線を投げかけていた。

 まるで睨めつけるような、無遠慮な目つき。

 誓道はゾワリとする。バイトの職場で邪魔者扱いされていたときの目と、そっくりだった。


『すごいね、星野君。あたしなんか全然できないよ』


 片倉からの音声通信で、誓道はハッとする。


『ねぇ、この後コツを教えてくれない?』


 長野からも通信が入る。誓道は逡巡したが「――俺で、よければ」と恐縮しながら答えた。喜びの声が聞こえて、誓道は自然と顔がにやける。

 こんな感触は初めてだった。誰かに認められ頼られることなど、今までの人生ではほとんど経験してこなかったことだ。

 誓道の人生は、空回りの連続だった。

 中高時代は祖母の介護に明け暮れて同世代との付き合いはほとんどなく、経験がないから話も合わなくて孤独に過ごした。大学受験も失敗してフリーターになったが、鈍臭くてなにをやっても失敗ばかり続いた。かといって積極的に動いても思う通りにならず泥沼にはまり、孤立するたびにその場を逃げてきた。


(これまでみたいにならないように、頑張らないと)


 この世界は今までの環境と何もかも違う。だからこそ、自分のような人間でも以前とは違う人間になれるのではないか。少なくとも他の人間より素質があるのであれば、優位に立てる。頼りにされる。

 祭器で戦うこと自体は恐ろしくて不安で、人を殺める可能性があることも嫌だが、生き残るための強さを手に入れないと全てが終わる。

 やってやる――誓道はそう決心して、この立場を受け入れた。


***


『またか星野っ! はよ起きろ!』


 背部ユニットに鳴り響くアラート音と源四郎の怒声が重なる。もう何度も聞いてきた音声だ。

 モニターには青空が映し出されている。それは誓道が搭乗している祭器が頭上を見上げているか、地面と直角になっているかのどちらかでしか成り立たない。

 今は後者――横転している状態だった。


「すいません……!」

 

 何度も繰り返した謝罪の言葉をまた吐いて、誓道は操縦桿とフットペダルを操作する。同時に人工筋肉の量を足へ移動するイメージを浮かべる。装着した額当てから思念を読み取った人工筋肉が、誓道の考えた通りに脚部へと集中する。人間が起き上がるときのように、祭器がぐっと立ち上がる。


『時間は有限やで。真剣にできひんのやったら置いてくからな』

「は、はい!」

『ほんなら型の一から十まで順繰りにコマンド。次に十一から二十までの型を逆順にこなせ。攻撃部位に三十パーセント固定しつつ、型の切り替え時には反転』

「「「「「了解!」」」」」


 音声機越しの声が複数響き渡る。この場で祭器を操っているのは誓道だけではない。十体もの祭器がだだっ広い大地――訓練場に集い、源四郎の指示通りにモーションを発動させるという訓練を実施していた。

 祭器はほぼ同じ姿形をしているが、機体色は黄褐色や藍色や浅葱色と、様々だ。仮面の形状も機体色に合わせて異なっている。このうち新人の誓道と片倉と長野は黄褐色の機体に搭乗していた。


『開始』


 源四郎の合図と共に十もの祭器が一斉に右パンチを繰り出す。次にぐるりと百八十度その場で回転し、右フックを放つ。


『打撃部位の三十パーセント固定維持は怠るんやないで~。かといって反転するとき脚部への人工筋肉エリキサ移動を疎かにすると、さっきの星野みたいにすっ転ぶで。モーション中は使用部位に筋肉を集中、移動中は脚部に筋肉を集中。これ鉄則や。完璧にこなすには一々考えてやっとったら間に合わんからな? 無意識で行えるようにイメージとボタン操作を頭に叩き込むんや。人工筋肉のスムーズな操作は基本にして奥義。基礎を極めることが強なる近道や。あ、お前のこと言ったんやないで星野! 名前と被るねんややこしいでほんま!』


 源四郎が一人で喋って一人で笑っている。その間も複数の祭器達は攻撃の型を発動させ反転するという訓練を進めている。

 だが、各機の動きには差が出始めていた。揃っていた反転のタイミングがバラバラになっていく。攻撃モーションをコマンドする操作速度の違い、人工筋肉の移動速度の違い、そしてスムーズに発動できなかったときの遅延という要因によって、個々の機体で優劣が生じていた。

 そして、各機体の中で一番遅く置いていかれているのが――誓道の機体だった。


(なんで……なんで皆、こんなに早く動けるんだ……!)


 祭器の操縦は複雑だった。機体はフットペダルと二本のスティックについた計十個のボタンの組み合わせで操作する。だが、型と読んでいる攻撃モーションのコマンドは単純なものばかりではない。五つや六つボタンを押さなければいけないのに順番も決まっている上、間違えると別のモーションが発動してしまう。しっかり暗記しておかないといけない。

 加えて、人工筋肉の操作も同時にこなさなければいけない。手元ではコマンドを打ち込み、足下ではフットペダルを踏み込み、頭では人工筋肉の移動をイメージするという、マルチタスクを強いられていた。

 例えるなら楽器のドラムを演奏しながらボーカルとして歌う、という作業に近い。歌詞を暗記し、マイクに向かって歌いながらスティックとペダルを同時に操作する。源四郎の言う通り、身体に叩き込み無意識化でできるようにしないと実現できない。満足にできる人間は少ないが、一定数はこなせてしまうくらいの絶妙な難易度だった。だからこそ個々の動作に差が生じ始めている。得意な人間とそうでない人間が振り分けられていく。

 誓道は得意ではない人間だった。しかも極端といえるレベルで。


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