第11話 お料理指導

「はい、エプロン着けてあげる」

「あ、ああ。ありがとう。しかしまた……なんで教えてくれる事になったんだ?」

 次の日。俺は月雫姉に料理を教えて貰う事になった。

 エプロンは調理実習で使っていたものを流用する。


「……別に。空と佳音がう、羨ましかった訳じゃないし。私も佳音と一緒に何かしたいとか思ってないし」


 ……月雫姉ってもしかして天然なのだろうか。それともわざとなのだろうか。


 まあ、どっちでも良いか。


「……俺は月雫姉と料理が出来るのは嬉しいけどな?」

「! ……わ、私も。う、嬉しい…………けど」


 月雫姉が顔を真っ赤にしてそう言った。それを嬉しく思い頬が緩んでいると、隣に月雫姉が立った。


「……なにニヤニヤしてるのよ」

「いや、なんでもない。それより何を作るんだ?」


 今日は買い物に俺はついて行かなかった。……月雫姉が「作るまでのお楽しみ」と断ったのだ。


「ふふん。今日はカレーを作るのよ。オーソドックスで作りやすい料理だからね」

 そう言って月雫姉が買い物バッグからカレールーとその他の材料を取り出していく。


「それじゃあまずは手、洗いましょ」


 月雫姉に言われて俺は手を洗おうと水を出す。……その時。月雫姉がニコリと……少し悪い笑い方をしたのに気がついた、


「料理って衛生面が本当に大事なんだよ」

「ん? ああ。そうだな?」

「だから、洗い方の指導もしてあげる」

「え?」

 そう言うが早いか。月雫姉が俺の隣に立ち、水で手を濡らした。俺も既に手を濡らしている。


「まずは石鹸を手で泡立てて……佳音、手出して」

「こ、こうか?」


 月雫姉の近くに手を出すと……月雫姉の手が俺の手をしっかりと包んだ。


「そう。まずは手の汚れがちゃんと落ちるように、こうやって擦ってね」

 月雫姉の細く、綺麗な指が俺の手を揉むように洗う。少しくすぐったい。


 しかし、料理をしている人からの指導なのだ。ちゃんと言う事は聞かなければ。


「あ、ちゃんと爪も切ってるね。偉い偉い。でも、爪は垢が溜まりやすいから。こうやって一つ一つ丁寧に洗っていくの」


 月雫姉が俺の指の先まで丁寧に洗う。くすぐったいが……何故か、妙にどきどきしてしまう。


 やばい。何か新しいものに目覚めそうだ。


「……あれ? 佳音。顔真っ赤だけど。……ひょっとして、良くない事でも考えてる?」

 月雫姉がニヤリと笑いながらそう言ってくる。思わず肩が跳ねた。


「ふふ。はい、こんな感じだよ。分かった?」

「あ、ああ。……十分分かった」

 良かった。これで終わりだと思った瞬間。


「ならテストね。私の指、洗ってみて」

 ――とても良い笑顔で。月雫姉はそう言った。


 そうして、また新しいものに目覚めながらも月雫姉の手を洗った。


「それじゃあ次は材料。切っていくわよ。いい? 手は猫の手。絶対包丁の刃先には手を置かないこと。それと……切る時のコツなんだけど。やってみせた方が早いわね」


 月雫姉が人参を取り出し、皮を剥くなどをし、縦から半分に切る。


「それじゃあここからね。はい、包丁」

「あ、ああ。……月雫姉?」


 月雫姉は俺の後ろに立っ。……背が低いから、少し斜めにだが。


「良い? 切る時はそのまま真下に力を入れるんじゃなくて。引いて、押す時に力を入れるの。こんな感じ」


 俺の手に手を重ね……上から力を入れられる。距離が近い。色々なものが当たっている。


 落ち着け。ちゃんと言われた事は覚えないと。


「……こんな感じ。分かった?」

「あ、ああ。やってみる」

「待って待って。包丁を斜めにしすぎ」


 そうして……月雫姉に教えて貰いながら料理を進めていく。


 切ったり炒めたり。進めていく。その間も月雫姉はずっとニコニコとしていた。


「いい匂いしてきた」

「ねー! 月雫もすっごい楽しそう」


 ルーを入れて煮込んでいると、二人も来た。


「べ、別に…………ちょっと。ううん。思ってたより教えるのは楽しいけど。か、勘違いしないでよね! 誰にでも教えるのが楽しいとかじゃなくて、佳音だから楽しいってだけで……」

 いつものツンデレかと思えば……純粋なデレ。


 その直球な言葉に思わず怯む。しかし、月雫姉の緩んでいる頬を見て……俺も微笑む。


「……ああ。俺も、月雫姉に教えて貰えて楽しかった」

「そ、そう? ……そっか。ふふ」


 月雫姉は嬉しそうに笑う。そんな俺達を空姉と陽葵姉が微笑みながら見ていた。


 その日、夕食に出てきたカレーは皆に好評であった。父さんが涙ながらに食べていたのは少し引いてしまったが。……まあ、喜んでくれたのなら何よりだ。


 ◆◆◆


 それから一週間後。空姉のお陰で筋トレも続けられ、月雫姉からも時々料理を教えて貰っている。


 期末テストの結果も返ってきた。……勉強もちゃんとしていたからか、ほぼほぼ90点台だ。


 決して悪い結果じゃない。今日は日直なので少し遅れて帰る。


「ただいま」

 そうして家に帰ると。空姉が出迎えてくれた。


「おかえり、のんちゃん」

「ああ。……どうかしたのか?」


 空姉の顔が余り晴れていない。

「まさか、テストの結果が良くなかったとか?」

「ううん。私は大丈夫。一位だった」

「その辺はさすがだな。……他に何かあったのか?」

「ん、陽葵お姉ちゃんがね」

「陽葵姉が?」

 空姉が頷く。


「あ、そうだ。こういう時はのんちゃんの出番。今月雫お姉ちゃんが見てるはずだから。部屋、行ってみて」

「……あまり人を慰めた経験は無いんだが」

「のんちゃんなら大丈夫だよ」


 空姉の重い期待に……思わず苦笑した。


「まあ、やれる事はやってみよう」

 俺はそのまま、陽葵姉の部屋へと向かった。

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