第3話 日常の終わり
「……佳音くん! お姉ちゃんがお弁当を届けに来てあげたよっ! これはもう感謝してお姉ちゃんに添い寝するくらいはしてくれないとねっ!」
「陽葵ね……陽葵さん? 何をおっしゃっておられるので?」
もう戻りようが無いくらいに追い詰められている気がするが。俺は諦めない。
「えっ……いつもみたいに『お姉ちゃんしゅきしゅき。おっぱいばぶー』って言ってくれないの……!」
「言ってないが!? あれ? ひょっとして俺から学校での立場を失わせようとしてる? 陽葵姉……ってあ……」
ついうっかり。俺は言ってしまった。いや仕方ないだろ。言わなければ俺は学校で『二つ上の先輩相手に赤ちゃんプレイを強要する16歳高校生』と言われる事になるんだぞ。こんな長いあだ名は嫌だ。
そして。一瞬の沈黙の後。教室内外は阿鼻叫喚の地獄へと陥った。
「あーあ。俺知らないからな」
「なになにお前!? 黒井先輩と姉弟だったの!? そういえば苗字一緒だな!?」
「ええ!? って事は【鉄仮面】の空ちゃんと【
待て待て。俺の義姉達ってそんなラノベのファンタジックキャラみたいな二つ名持ってたの? てか絶妙にダサくない? となると陽葵姉も?
……後から知った事だが。陽葵姉の二つ名は【聖母】らしい。
「もう、佳音くん! 早くおいで! お姉ちゃんが食べさせてあげるから!」
「陽葵姉は俺をいじめたいの?」
「それとも……いつもみたいにおっぱいが良いの?」
「ねえ、さっきから俺の評価だだ下がりなんだけど。元々なかった評価が地の底を沈めてるよ。地底人もびっくりだよ」
「地底人さんかぁ……会ってみたいなぁ」
「ここで天然発揮しないで。陽葵姉」
さて。どうしよう。本当に。帰る? ここで帰るという選択あり?
「あー! やっぱり陽葵姉バラしてる! ずるい! 私も佳音と……その」
「陽葵姉。ずるい」
扉の方から月雫姉と空姉の声も聞こえてきた。
よし、帰ろう。
◆◆◆
絶賛逃亡なう。もう学校なんて知るか。二度と行かんわ。いや、帰った訳ではないけど。屋上に避難しているだけだが。
現実逃避終わり。どうしよう。俺明日から『姉に赤ちゃんプレイを強要する近親相姦16歳高校生』とか『姉三人を侍らせてハーレムプレイをする鬼畜高校生』として扱われるのだろう。嫌すぎる。俺はノーマルだ。巨乳が好きなのは認めるが。あと赤ちゃんプレイも別に興味がない訳ではないが。
「というか陽葵姉もなんでいきなり約束を破ったんだ……」
「佳音くんともっと仲良くなりたかったからだよっ!」
顔を上げると。え? おっぱ――
「むぎゅー!」
顔面におっぱいが。え? おっぱい? なんで? なんでこんなに柔らかいの? え? こんなに柔らかいのはもう凶器だよ? 死ぬよ? 俺が。
「えへへ……佳音くんと学校でぎゅってしちゃった」
おっぱいに埋もれながらも顔を上げると、陽葵姉の端正な顔立ちがあった。
その目はすこし垂れ気味で、優しい顔だ。その顔から笑みが絶える事はなく……まるで、赤子を抱く母のようでもある。
その顔が。少しだけ歪んだ。
「思い……出せないかな」
「……え?」
今までとは違う。悲痛な声。それと同時に一瞬だけ。強く抱きしめられた。
「陽葵姉?」
「……ううん、なんでもない」
陽葵姉が俺からバッと離れた。そして、俺の隣に青い布で包まれた弁当箱を置く。
「これからは学校でも仲良くしていくからね!」
その頃にはいつものように笑顔へと戻っている。
「それじゃあね、佳音くん! また帰る時にね!」
「ちょ、ちょっとま――」
しかし、俺の声も虚しく。陽葵姉は去っていった。
「……なんだったんだ」
俺は布を開き、弁当箱を取り出す。……その黒い弁当箱を開けると、ご飯の上に海苔で『大好き♡』と書かれているのが目に見えた。
「月雫姉……これいつも学校で笑われるんだが。まあいいか」
わざわざ作ってくれているのに文句は言えない。
俺はその弁当を食べながら。考えた。
何度思い返しても。陽葵姉に……陽葵姉達に出会った記憶は無い。あれだけ可愛らしいのだから、会っていて思い出せないという事はないだろう。
それなら――
「俺が小学三年生より前の事、か」
俺は誰に言うでもなく。一人でそう呟いた。
俺には、それ以前の記憶がないのだ。
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