第4話 記憶喪失
俺は小学三年生の頃。交通事故に遭った。それもかなり大きな事故。
その事故に巻き込まれながらも……幸い。体に大きな傷は残らなかった。いや、手足が潰れたとかが無いだけで、傷は今でも多少残っているが。
とにかく、俺はその事故で強く頭を打った。そして……それ以前の記憶を全て失った。
そういう訳で、俺は七歳の頃に離婚した母親の記憶もない。なんなら父さんの記憶もなかった。学校では大変だったな。
こちらは顔も性格も知らないのに、向こうは俺の事を知っている。ちゃんと自分が元のように振る舞えているのか。俺は俺なのか分からず……精神的に辛い時期もあった。
まあ、それは置いておこう。
とにかく、陽葵姉達とそれ以前に会えていたのなら色々と合点が行く。
どうして顔合わせをした日から好感度が振り切れていたのか。とか。
「お、おま……メンタルどうなってんの?」
「……聞こえてない。俺は何も聞いていない」
俺は教室に戻っていた。いやもう、考え事をしている間に大変な事になってるね。他人事じゃないんだけども。
「おいコラ! 無視してんじゃねえ!」
「マジなのか!? 弟ってマジなのか!?」
「な、なあ。陽葵ちゃんって家ではどんな下着履いてるの?」
「姉ちゃんと風呂入ってんの!?」
懐かしい。小学生の時流行っていたな。でも今聞くのか? それ。
ええい、無視だ。無視。
そうして俺は気合いで乗り切った。もう大変だった。
「佳音くーん!」
「ひ、陽葵姉……いきなり抱きつかないで」
帰ろうと靴箱へ向かうと、いきなりやってきた陽葵姉に抱きつかれた。おっぱいが肩に当たって肩っぱいである。俺は何を言っているんだ?
「……ずるいよ、陽葵姉」
「……ん」
そして……陽葵姉の後ろから月雫姉と空姉がひょこっと顔を出した。
「わ、私だって……佳音にお弁当届けたかったし」
「ん!」
「死神の足音が聞こえてきたな」
周りの人の集まり具合がやばい。ライブ会場もかくやというレベルで。多分今この世で一番人口密度が濃いだろう。
「佳音! どういう事なんだ! 羨ましいぞこの野郎!」
「よくも俺の陽葵ちゃんを!」
「くそ……月雫ちゃん……月雫ちゃああああああああああん!」
怖い。悪意怖い。俺明日から拷問にかけられて死ぬんだ……。
「もう、佳音くんが怖がってるでしょ! 大丈夫だからね、佳音くん。お姉ちゃんにはいっぱい甘えて良いんだから」
「男としての尊厳が破壊されていく音がする」
でもおっぱいには勝てないのだ……この母性と柔らかさからは逃げられない……。
「ふふ。いい子いい子」
やばい。本格的にダメ人間になる前に抜け出さなくては。
くそ、何故だ……何故離れられない! あ、おっぱいには勝てないんだった。
だめだ。おっぱいの前だと男のIQは限りなく低くなってしまう。なんだったか。男は絶頂する瞬間IQが2になるとか。サボテンと同じくらいらしいな。つまり男はエロい事が絡めばサボテンになるのだ。
……俺は何を言ってるんだ?
「もう、陽葵姉も佳音もいつまでも抱き合ってないで! さっさと帰るよ!」
「……ん」
しかし、そこで月雫姉と空姉が助けてくれた。俺はどうにか引き剥がされ、家へと帰ったのだった。
◆◆◆
「陽葵姉は佳音を独占しすぎ!」
「ん」
「ごめんごめん」
家に帰って手を洗い、着替えてリビングのソファに座る。俺の隣で二人が陽葵姉を非難するような視線を向けていた。
いや、それだけならまだ分かるのだが。
月雫姉は俺の事をぎゅっと音が出そうな程に抱きしめ。その暖かい手で俺の頭を自身の胸元に引き寄せ……否。胸に押し付けている。やわら(略)
そして、空姉は俺の膝に頭を置いて。俺の手をにぎにぎとしている。あの。頭の位置がやばい所にあるんですが。
「佳音も! あんまり外でデレデレしないでよね!」
「は、はい……」
声は強いが。びっくりするぐらい優しく押し付けられているので全然頭に入ってこない。俺前世で何やってたの? 実は神だったりする?
「ん。明日からは私もお昼一緒に食べる」
「……待て。俺は姉さん達と一緒に昼食を食べる事になったのか?」
「何言ってんの? 当たり前でしょ」
どうやら当たり前らしい。
「だ、だが。今まで一緒に食べてた人とかも居るだろ? 空姉とか。いきなり居なくなるのはあれじゃないか?」
「ん、あの子は最近友達が出来たから大丈夫」
空は俺の顔に向かってVサインを突き出した。そして、そのままその手が俺の頬に触れる。ぺたぺたと触りながらも……空姉の口元がほんの少しだけ緩んでいた。
男の頬なんか触って何が楽しいんだろうか。しかし、楽しそうならそのままにさせておこう。
そして……それに気づいた月雫姉と陽葵姉にもみくちゃにされながら過ごしたのだった。
◆◆◆
「なあ、父さん。俺が記憶を無くす前のアルバムとかって……無いよな」
父さんが帰ってきて、俺は聞いた。
俺の父さんの名前は
昔……一時、アルバムを見て記憶を呼び起こそうとした時期があったのだが。写真に写っている俺は俺じゃないように思えて。父さんに『見たくない、捨てて欲しい』と何度も懇願した。
今になってそれを聞くのは迷ってしまったが……念の為、聞いてみた。
「ん? ああ、あるぞ」
「あるのか!?」
「ああ。……この家には無いけどな。父さん……お前のおじいちゃんの家にあるよ。捨てるのも忍びなくてな」
「……見たい、と言ったら怒る?」
俺の言葉を聞いて、父さんは優しく微笑んだ。
「怒ったりするもんか。分かった。向こうまで行くのは遠いから送ってもらおう」
「ありがとう、父さん」
もし……あの三人との写真があるのなら。思い出せるかもしれない。
しかし……事はそう上手く運ばれない。
「……すまない、佳音。おじいちゃんが物置に入れていたらしいんだけど、荷物を置きすぎて取れなくなったらしいんだ」
「……何やってるんだ、じいちゃん達」
いや、気持ちは分からないでも無いが。
俺は考え込む。
あ、もっと簡単な方法があった。
「……なあ、父さん。陽葵姉達と俺って幼い頃に友人だったりしたか?」
俺の言葉に……父さんは言葉を詰まらせた。少し悩んだような素振りを見せた後……口を開いた。
「…………これは言っておいても大丈夫か。ああ、そうだ。佳音と……三人は仲が良かった。ただ、詳しい事はあの子達に言わないように頼まれてる」
父さんの言葉を聞いて……新しい情報を得たはずなのに。
俺はまた頭を悩ませる事となったのだった。
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