第5話 三日坊主

 俺は悩んでいた。


 陽葵姉達と会った事がある。でも、詳しい事は話さないように父さんは釘を刺されていた。


 考えれば考えるほど意味が分からない。どうしてなんだろうか。


 ……うぅむ。かと言って……本人達に聞くのも気が引ける。


「……そのメンタル、俺も見習いたいわ」

「今必死に考え事で気を逸らしているんだ。話しかけないでくれ」


 そう。ここは教室。となると地獄の鬼達に囲まれているようなものだ。四面楚歌なんてレベルじゃない。多分十六面楚歌ぐらいあると思う。


「アイツが噂の弟か……」

「俺の弟になってください!」

「お、おおお俺は月雫ちゃんがめちゃくちゃブラコンでも気にしないし?」

「声震えてるぞ先週振られた佐藤」

 いやー乱世乱世。二年生三年生からも刺客が来てるよ。帰っていいかな?


「というか空ちゃんも昨日居たよな……という事はあいつって双子なのか?」

「いやいやいやいや。地が違うっしょw」

「お? やるか? 俺より一年二年早く生まれた分際で言いたい放題言ってくれるな?」

「やべえって! お前急に沸点低くなりすぎだよ! 落ち着け!」


 ……と、一悶着ありながらも。ギリ俺は生き延びる事が出来た。当然俺からは手を出していない。


 だが無言で腹パンしてきた先輩B! お前はちゃんと先生に報告するからな!


 ◆◆◆


 ちゃんと証人が出てきたので、先輩は無事生徒指導室に呼び出された。これで平和になる……と良かったのだが。


 三年生が一年生に手を出した、という噂は瞬く間に広まった。相手があの美人三姉妹の弟と言う事も。


 そうなると当然……。


「佳音くん!」

「ちょっと、本当に大丈夫なの!?」

「ん」


 三人が来た。昼食時間に。


「あ、ああ。全然だいじょ「怖かったね……もうお姉ちゃん達が来たから大丈夫だからねっ!」」

 俺の返事を待たずに陽葵姉が抱きしめてきた。おっぱいがいっぱいで俺の心もいっぱいです。


「ねえ、どこ殴られたの? お姉ちゃんが摩ってあげるから言いなさい」

「月雫姉、く、くすぐったいから」

 月雫姉が俺の体の色んな所を撫でてくる。脇腹や背中から脚まで。

「……殴られたのはお腹って聞いた」

「空姉!? 脱がせないで!」


 そして、空姉が俺の制服を引っ張り上げた。そこは……内出血で青くなっていた。


 少し痛々しく見えるそれに空姉は……顔を寄せた。


「空姉……? なに……ッ、を!?」


 ぬるりと。今まで感じた事の無い感触が走る。ズキズキと鈍痛がありながらも……くすぐったい。


 舐められてるのだと気づいた瞬間、そのくすぐったさの中に他の感覚が走った。


「あ! ずるい、空! じゃあ私もしちゃお!」


 陽葵姉はそう言って。俺の頬にちゅっと。キスをしてきた。




「……私も」


 月雫姉は俺の手を取り。そのぷるぷるとした柔らかい唇を手の甲に当てた。



 途端にざわざわとしていた教室がやかましくなる。



「姉弟……? 姉弟って気軽にキスするんだっけ?」

「ア゚ッ(男子高校生の初恋が終わる事を告げる鳴き声)」

「佐藤が倒れたぞ! メディーック!」


「すっごい大胆……」

「きゃー! キスしてる!」


 男子達からは絶望の声が。女子達からは興奮したような声が上がった。


 後者はともかく……また男子達からの恨みを買ってる。……怖い。柔らかい……。おっぱいに負けちゃう……。


 いや負けないが。これ以上は生徒指導案件だ。生徒指導案件ってなんだよ。何でも案件って付けたがる若者かよ。そういえば若者だわ。俺。


 ああもう! IQさん帰ってきて!


「姉さん達、とりあえず離れて。怒られるから。入学数ヶ月で先生に目付けられるのは嫌だから」

「……はむっ」

「空姉もそんな子供みたいな事しないで。腹筋ないの気にしてるんだから」

「……運動する? 二人で出来るやつ」

「言い方」


 男子達からの視線が一層強くなる。死んだな、俺。


 しかし、男子達の怒る気持ちも分かる。その気持ちは甘んじて受け入れよう……でも痛いのはな。


 とか考えていると。陽葵姉が男子達へと視線を向けた。


「あ、そうだ。もし佳音くんをこれ以上傷つけるのなら……許さないから」


 美人な人が怒ると妙に迫力がある。……しかも、普段から温厚な人が怒ると余計に。


 ……やかましかったクラスが静まった。陽葵姉の顔を見ようとしたが、月雫姉に止められる。


 数秒程して。陽葵姉が俺を見た。その頃にはいつものニコニコした笑顔に戻っている。

「それじゃあご飯食べよっか、佳音くん!」

「あ、はい。わかりました」


 結局、俺は陽葵姉に抱きしめられながら弁当を月雫姉と空姉に食べさせて貰うという羞恥プレイをしてしまった。


 陽葵姉のお陰だろう。その後、俺に手を出そうとする人も居なかった。


 ◆◆◆


「男として立つ瀬がない」


 俺は部屋で考えていた。今日の事だ。


 姉さん達に守ってもらえるのは嬉しい。だが、それで良いのだろうか。


 別に、女子に守られるのが恥ずかしいとか、そんな事は考えていない。それは単純に姉さん達に失礼だ。でも……どうせなら姉さん達を守れるような人になりたい。


「……筋トレでも始めるか」


 今まではそんなに運動も得意では無かったが。筋肉が付けば多少は変わるだろう。


 だが、一つ懸念点がある。


「……俺、三日坊主なんだよな」


 今までも鍛えようと奮起した事はあった。だが、三日と続かずに辞めた。


 どうしたものかと悩んでいると……コンコンと部屋がノックされた。


「どうぞ」

「ん。遊びに来た」


 そう言って入ってきたのは空姉だ。空姉は座っている俺を見て、可愛らしくこてんと首を傾げた。


「どうか、した? 難しい顔してる」

「ん? ……ああ。筋トレを始めようと思ってたんだが、俺が三日坊主でな。何か解決方法がないか考えていたん……だ? どうした?」

 言葉が後半になるにつれて。空姉は目をまんまるにした。ここまで表情が変わるのは珍しい。


 そして……空姉はニコリと笑った。

「私に任せて。いい考えがある」

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