第6話 スタンプカード

「ん。これ」

「これは……スタンプカード?」


 空姉が一度部屋に戻り、何かを取ってきたと思ったら渡されたのはスタンプカードであった。


「筋トレをしたら私がスタンプを付ける。回数が溜まるとご褒美」

「……なるほど。それなら俺でも出来そうだ」

 何しろ、空姉が管理してくれるのだ。ご褒美があるならモチベーションも高まる。


「……ちなみにご褒美って?」

 空姉が四つん這いで俺に近づいてくる。……その大きな胸が腕に挟まれ、視線を奪われる。

「何でもいいけど……えっちな事でもいいよ」


 そして、座っている俺へと胸を押し付けてきた。しかし抱きついてはこない。


 そのせいで……空姉の可愛く、美人な顔が目の前に来る。


「……ふふ。可愛い。顔真っ赤」

「そ、空姉。からかわないでくれ。あと近いから……」


 俺の言葉を聞いて空姉は少しだけ顔を離してくれた。しかし。


 俺の胸に、その頭を置いたのだった。それと同時に……押し当てられていた胸が、俺の腹に押し潰される。内出血していた所が痛いが……そんな事を忘れそうになってしまう程に。心臓がバクバクしてしまう。


「ん。ドキドキしてる」

「するに決まってるだろ」


 その心臓の音が聞かれてると知りながらも、止める事は出来ない。いや止めたら死ぬのだが。


「ふふ。そっか」


 空姉は離れてくれない。やばい。この空気は。何かを話さなければ。


「そ、そういえば。スタンプカードなんてよく思いついたな。現物もあるとは……」


 思いついたのもそうだが、スタンプカードなんてなかなか家にない。純粋にそう思って言った言葉なのだが……。


 空姉は黙ったままだった。数十秒程。そして……やっと口を開いてくれたのだが。


「……思い出さない?」


 時間をかけて押し出された言葉は……そのようなものだった。


「思い出す?」

「なんでもない」


 空姉はハッとしたような表情の後、俺の胸に顔を埋めた。


 そんな彼女にまた聞く事も出来ず……数十分ほどの間、そうしていたのだった。


 ◆◆◆


 部屋に戻って、引き出しを開ける。そこにあったのは――


 積み重ねられ、輪ゴムで留められたスタンプカードの束であった。


 それを見ると、懐かしい気持ちが溢れ出す。でも……。

「……むぅ」


 彼は思い出してくれなかった。彼が悪い訳では無いけど……悔しい。


「絶対に思い出させる。それで……また。昔みたいに皆で――」


 そのスタンプカードの束の横にあった小さくて可愛いスタンプを手に取り。私はベッドに倒れ込むのだった。


 ◆◆◆


「……そういえば、結局ご褒美の内容を聞いていなかったな。まあいいか」


 空姉が部屋へと戻って行った後。俺は考えていた。


 三人との記憶。出会っていた事は確実だが、何をして遊んでいたのか。何を話していたのかは分からない。


「……どうやって思い出すかな」


 問題はそこだ。今、陽葵姉達が俺と仲良くしているのにも何か理由がある気がする。


 そうして考えていると……コンコン、とまた扉がノックされた。


「どうぞ」


 今度は誰だらうか。また空姉か? と思っていると、入ってきたのは。


 月雫姉だった。薄手のパーカーを着けており、外行きの格好をしている。


「買い物行くけど一緒に行かない? ……べ、別に。荷物持ちが欲しいだけだけど」


 月雫姉はよくご飯を担当しているのだが、買い物も自分でしている。父さん達の負担を減らしたいから、と。


 そして、買い物も基本的に俺がついて行くようにしている。


「ああ、行く。少し待っててくれ、すぐに準備するから」


 俺はベッドから起き上がり、月雫姉にそう告げたのだった。


 ◆◆◆


「な、なあ。月雫姉。俺も子供じゃないんだぞ?」

「でも姉弟でしょ?」


 月雫姉と歩いてる時は……手を繋がされる。しかも普通にではなく、指を絡め合う……恋人繋ぎと呼ばれるもの。


 手をぎゅっと握られ。俺の握る力で月雫姉の握る力も変動してくる。


「……俺の知ってる姉弟は手を繋がないんだが」

「よそはよそ、うちはうちだよ」


 そして、月雫姉は体を寄せてきた。


「……月雫姉? 当たってるんだけど」

 腕に胸が。いや、嬉しいんだけど。でも視線が凄い。


「きょ、姉弟なら当たり前でしょ?」

「月雫姉の中の姉弟どうなってんの……?」


 しかし、これ以上言っても仕方がないのでさせたいようにする。


 近所のおばさんのあらあらまあまあな視線を潜り抜け。行きつけのスーパーまでやってきた。


「ちなみに今日目当てのセール品は?」

「卵と洗剤。あとシャンプーもかな。一人一個だから」

「了解」


 俺が着いてきた理由の一つはこれでもある。一人一個までの特売品が多いのだ。このスーパーは。


 中に入ると、近所のおばさんが俺達へ話しかけてきた。


「あら、月雫ちゃん。佳音くんとお買い物? 仲良いわね、本当に。カップルみたいよ」

「ち、ちち違います! カップルでは……その……」


 口では否定をしようとしているが、その顔はにやけて。俺の肩に顔を埋めてくる。


「あらあら。可愛い反応ねえ。佳音君も。男の子なんだからしっかり守ってあげなさいよ」

「は、はい……」


 おばさんの言葉を否定する事も出来ず、そう返して。俺はカートとカゴを取って月雫姉と歩いた。


 月雫姉は……ずっと俺の方を見ていた。

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