第7話 お買い物

「そういえば月雫姉、今日の夕ご飯は何にするんだ?」

「佳音の大好きなオムライスだよ」

「お、やった」

 月雫姉の作るオムライスはとても美味しい。……いや、月雫姉の作る料理は全て美味しいのだが。


「ふふ」

 月雫姉はそんな俺を見て笑った。しかし、すぐにハッとした様な顔になる。


「べ、別に。嬉しそうな佳音を見て私も嬉しくなった訳じゃ……ちょ、ちょっとしか思ってないから」


 そんな事を言いながらも。月雫姉は決して握る手の力を緩めない。

 その事に思わず頬が緩んでいると……アイスコーナーの前で月雫姉は立ち止まった。


「あ、そうだ。佳音。アイス食べよっか。外も暑くなってきてるし」

「ああ。そうしたいな」


 月雫姉の目はもうアイスクリームになっている。月雫姉は……というか義姉さん達は甘いものが好きだ。俺も好きなので丁度いい。


「佳音は……確かソフトクリームだよね。バニラの」

「ああ。……よく知ってたな?」

 月雫姉の言う通り、俺はバニラ味のソフトクリームが好きだ。……だが、言った記憶は無い。


 まさか、と思った頃には遅かった。


 月雫姉の握る力がほんの少しだけ強くなる。その顔は……少しだけムスッとしていた。


「……さあ? 前にも言ってたんじゃない?」

「そ、そうかもしれないな」


 少し不機嫌モードに移った月雫姉に慌てながらも。買い物を続けたのだった。


 尚、五分もしないうちに月雫姉の機嫌は治った。『佳音と一緒に居る時くらいは楽しくしたいから』(陽葵姉意訳)との事だった。


 ◆◆◆


 会計を終え、買い物袋に色々と詰め込んでいる時。俺は外の方を見て眉を顰めた。


「……月雫姉、少し待っててくれ。ちょっと行ってくる」

「へ? ちょ、ちょっと。どこ行くのよ! アイスも持って!」


 俺は月雫姉の言葉に少し胸が痛みながらも。外へと向かった。


「うええええん!」

 駐車場の所に、泣いている男の子とそのお母さんらしい人が居た。男の子の足元には……無惨な事になったソフトクリームが散らばっている。


「い、今買ってくるからね。たーくん、車で待ってられる?」

「う、うええ」

 お母さんらしい人も慌てふためいている。


「すみません、よかったらこれ。まだ開けてないので」

「……え、え? で も。良いんですか?」

「はい。私達もたくさんアイスを買ったので」

 そうしてお母さんの方にソフトクリームを渡す。……運のいい事に、男の子が落としたソフトクリームと同じ種類だ。


 男の子がお母さんからソフトクリームを受け取ると。ピタリと泣き止んだ。


「ありがとうございます。本当に。ああ、今お金を……」

「いえいえ。大丈夫です」


 一応家族の食費から使ってるが。後でこっそり俺の小遣いから戻しておけば良いだろう。


 これ以上長居するのもあれだ。


「それじゃあ俺はこの辺で。次は落とさないようにな」

「うん! ありがとう、お兄さん!」


 男の子も元気になったようだ。俺は一度会釈をしてスーパーへ戻ろうとすると……。



 そこでじーっと。俺を見ている姿があった。



「る、月雫姉……見てたのか」

「……うん。佳音が男の子にアイスを渡す所からだけど」


 うっ……よりにもよってそこか。


「ち、ちゃんと俺の方からお金は返すぞ?」

「……それは別にいいんだよ」


 月雫姉はまたじっと俺の顔を見て。背伸びをした。そして、顔を近づけて――



 俺の頬に。キスをした。


「そういうとこ、昔から変わらないんだから」

「――へ?」


 その言葉と……表情に思わず惚けてしまった。



 今までで一番、柔らかい表情に見えたから。


「さ、アイス食べよ。私の半分こね」

「……ま、待ってくれ。今なんて」

「はい、買い物袋はお願いね。それじゃあ食べよっか」


 月雫姉はそう言って袋からアイスキャンディーを取り出した。


 そして、その後何度聞いても教えてくれる事はなかった。



 ◆◆◆


 家に帰って。私はすぐベッドに寝転がった。


 そして、自分を抱きしめる。鳥肌を抑えるように。


 思わず涙が溢れそうになる。でも、それはだめだ。佳音の事だからすぐに気づかれる。


 一度深呼吸をし……目を瞑った。


 今でもあの時の事は覚えている。


 自分の二の腕を力強く握って。ふっ、と。私は力を抜いた。




 嬉しい。本当に。


 やっぱり佳音は……記憶がなくなっても。佳音のままなんだと気づけたから。


 そんな昂りは。晩御飯の用意をする時間となっても……なかなか静まってくれなかった。


 ◆◆◆


「……ふん。良いからさっさと食べて。佳音」


 月雫姉はそっぽを向きながらそう言った。


 そうして受け渡されたオムライスには『カノンLOVE』と。そうケチャップで書かれていた。言い方と行動のギャップが凄まじい。頬を赤くしてチラチラとこちらの様子を伺っているのがまた……。


 しかし、下手に突っ込むと怒らせてしまう。


「ありがとう、月雫姉。凄く美味しそうだ」

「……!」

 月雫姉が俺の言葉を聞いて。ぷいっと向こうを向いた。……耳が真っ赤だ。


 喜んでくれているようで本当に良かった。俺は料理が出来ないからな。……出来ないというか、月雫姉に止められるのだが。


『私がずっと佳音のご飯を作るから! そ、それでも作りたいなら……こ、今度教えてあげるわよ!』


 と言った様子。この今度が無限に続いているので俺は未だに料理が出来ない。


 ……まあ、きっといつか教えてくれるだろう。多分。


 月雫姉の作ったオムライスを食べる。今何を考えていたのか忘れてしまうほどに美味しかった。

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