第2話 目玉焼き(快楽堕ち済)と非日常の侵食

「佳音くん! 朝だよ!」

 そんな声と共に俺は起こされる。……それだけではない。


「ほらー! 早く起きないとイタズラしちゃうよー!」

 俺が起きるより早く。体に暖かく、柔らかいものがのしかかった。


 目を開けると。すぐ目の前に息を飲むほどに綺麗な――美少女の姿があった。


「おはよっ! 佳音くん! ……こっちの佳音くんはもうバッチリ起きてるね!」

「ひ、陽葵姉!? その起こし方はやめてって何度も……」

「ふふ。ごめんね、佳音くんの寝顔が可愛かったからつい。月雫るながご飯作ってくれてるから来てね!」

「あ、ああ。分かった」

 そうしてやっと陽葵姉が離れてくれた。俺はホッとし。伸びをしながら立ち上がる。


 欠伸を噛み殺しながら部屋から出ると。空姉に会った。


「おはよ。ん」

 空姉は挨拶と共に両手を伸ばしてくる。ハグの催促だ。


「……おはよう。なあ、空姉。俺達同い年なんだし、そういうのは」

「えいっ」

「話は最後まで聞こうって習わなかった!?」

 あまりの横暴さに思わず声を大きくしてしまう。しかし、空姉は構わず俺を力強く抱きしめた。


「ん」

 普段は無表情なのに、少しだけ頬が緩んでいる。俺はそれ以上言い返せないまま――数秒の後に空姉は離れた。


 そのまま俺は空姉とリビングへ向かう。

「おはよう、月雫姉」

「おはよ、佳音。ご飯もう先食べてるわよ。早く食べちゃって」

 その声はどこかそっけなく感じる。しかし……


 俺の目玉焼きが何故か。ハートの形をしていた。これだと目玉焼き(快楽堕ち済)ではないか。


 当然ながら形があれなだけで美味しい。ぺろりと平らげてしまった。


「ご馳走様でした。美味しかった」

「……それだけ?」

 月雫姉は少し不機嫌そうにそう言った。俺は思わず呻き……諦めた。


 月雫姉の横へ行く。月雫姉はチラチラと俺を見て。体ごと向けてきた。


 俺は……月雫姉の背に手を回し。抱きついた。


「いつもありがとう、月雫姉。美味しかった」

 これは陽葵姉に言われてやった事だ。……一度やったせいで毎回求められてる気がするが。仕方ない。


「べ、べべべ別に! アンタのために作ってる訳じゃ……訳じゃ……うぅ。お、美味しかったなら良いわよ」


 月雫姉は顔を真っ赤にしながらそう言った。俺は離れる。


「は、早く準備して行きなさい。……うぅ。ぎゅってされるの好きぃ……」


 聞こえてますが。月雫姉。


 言った瞬間殴られそうなので、俺は自室へ準備をしに向かった。


 ◆◆◆


「あ……やったな」

「お? どうかしたのか? 佳音」

「弁当忘れた。……はぁ。こんな時に限って財布持ってないんだよな」

 もう一度鞄の中を探してみるが。入っていない。


「金貸そうか?」

「いや、少量とは言えお金のやり取りはしないって決めてるんだ。気持ちだけ受け取っておく。別に昼飯を食わなくたって死にはしないからな」


 多少腹は減るだろうが。まあ仕方ない。多分机の上に置きっぱなしだろうから、帰ったらすぐに食べよう。


「仕方ない。やる事ないし散歩にでも行ってくる」

「おお、行ってら。もし腹減ったなら後で一緒に菓子食おうや」

「ああ、ありがとう」


 持つべきものは友人だ。適当に十分ほど散歩して戻ってきたら貰おう。


 俺はそうして、自分の教室を後にした。


 気の赴くままに散歩をしていると……隣のクラスが見えた。空姉の居るクラスだ。


 空姉は……居た。三つ編みメガネ美人という絶滅危惧種とご飯を食べている。少し羨ましい。俺にも女の子の友達が欲しい。


 空姉は俺を見て。ニコリと笑った。


「て、鉄仮面が笑った!?」

 なんだよその異名。吸血鬼になれそうな仮面の亜種かよ。


「あ、明日は太陽が降ってくるぞ……」

 地球オーバーキルされてんじゃん。人類が三回は滅べるぞ。


「ァ……ァ……」

 廃人になってるのも居るし。……まあ、空姉の表情が変わるのはギャップが凄いよな。


「一体誰を見て笑ったんだ……」

 あ、やばい。


 そのクラスの人達と目が合った。


 ……。


「「「「「「ないわー」」」」」」

「ぶん殴るぞお前ら!」


 思わず叫んでしまった。しかし、バレなかったのなら何よりだ。俺はため息を吐きながらもその場を去る。


 さて、どこに行こう。二年生と三年生の階は行く気になれない。あの二人に会いそうだし。図書館にでも行くか?


 ……いや。やめておこう。なんとなく嫌な予感がする。


 俺は適当にぶらついた後。教室へ戻ったのだが……?


「……なんだ? 有名人でも来たのか?」


 教室の前には集団が出来ている。陽キャが集まって道を塞いでいるのかと思ったが。それにしては数が多い。


 どうしたんだろう。テレビ局でも来てるのだろうか。出たくは無いがちょっと見てみたいな。


「ちょっと通ります」

 野次馬根性で教室に入ると。そこには――



「あ、来た来た。佳音くーん!」


 ――陽葵姉が。俺の席に着いて。俺へと手を振っていたのだった。




「……人違いです」

「いや無理があるだろうが!」


 俺の微かな抵抗も虚しく……近くにいたツッコミ担当陽キャに捕まったのだった。

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