第18話 告白

「え、ええとだな。本気……なのか、本当に」

「うん。本気。独占欲とかも……ちゃんと話し合って、こっちに来てから佳音くんと色々やってみて。私達姉妹の間ならあんまり酷い嫉妬とかはなかったから。あ、でも私達以外の人と浮気したら少し寂しいな」


 陽葵姉の言葉に頬がひくつく。


「だ、だがな。法律的にも……」

「大丈夫。……できれば私達三人のうち一人とは結婚して欲しいけど。そしたら他の二人ともシェアハウス、って形で四人で住むつもりだよ」

「お、お義母さんも怒るんじゃ……?」

「ちゃんと話し合ったよ。『それで本当に陽葵達が幸せになるなら。お母さんは応援するよ』って言ってくれたよ」


 ……まじか。そこまで……本気なのか。


「でも……もし、佳音くんがどうしても嫌だとか、迷惑だって思うのなら。もう一回、ちゃんと月雫と空と話し合うよ」

 陽葵姉はじっと俺を見てそう言った。俺は少しの間。目を閉じる。


 ……月雫姉と空姉。そして、陽葵姉。三人とも俺との約束を果たしてくれた。みんな、魅力的な女性になっている。


 ここで。三人の気持ちを、思いを踏みにじる事は簡単だ。俺にはそんな甲斐性などないから。別の、もっとかっこよく。優秀な男の人と幸せになって欲しい。と言うのも簡単だろう。


 だが。それは俺のエゴで……。いや、そうではないだろ。


 一度深呼吸をして。思考をリセットする。


「――陽葵姉。月雫姉と空姉はどこに居る?」


 俺の言葉に。陽葵姉は頷いた。


「台所でお腹と喉に優しいもの作ってるよ。来て」


 ◆◆◆


「だ、大丈夫なの!? 佳音、部屋で待っててくれても良かったんだよ!」

「大丈夫――とは言えない気はするが。でも、今の俺の事を。考えを伝えておきたいんだ」


 吐いた事や悪夢。その他の事もあるから、正直な話をすると辛い。少しでも気を抜いてしまえば、脚が震えそうになるくらいには。


 でも……一度時間を置いてしまえば。もう言えなくなりそうだから。


「ん。座って、のんちゃん」

「ああ、ありがとう。空ちゃ――空姉」

 先ほどまで懐かしい夢を見ていたからか、思わず『空ちゃん』と言いそうになってしまった。


 俺の言葉に――二人はかなり驚いた顔をした。


「本当に――思い出したの?」

「のんちゃん……」

 そして、空姉がキラキラとした目で見てきた。俺はそれに苦笑し……。


「全部、思い出したよ。空姉。スタンプカードの事もな。……約束も。その事について。話をしに来たんだ」


 そう言うと。二人の表情は目に見えて変わった。


「……とりあえず。まだお粥は出来てないから、これ飲みながら話して。空が作ってくれた白湯」

「ん。蜂蜜入り」

「ありがとう」

 二人からコップを受け取り。一口含む。


 暖かく、甘い液体が口いっぱいに広がる。じゅわっと全身が癒されていくような、そんな錯覚も。


 ゆっくりと飲み込み――俺は改めて。二人を見た。



「色々と話したい事はあるが。とりあえず、本題に行こう。……二人は約束の事、覚えてるか?」

「忘れた事ないよ。……ずっと、佳音の事考えてたから」

「ん。私も。頑張って可愛くなった」


 二人は……そう言って。微笑んでくれた。そして。


「……でも。佳音の選んだ答えなら。私達も考える。考えるだけかもしれないけど」

「ん。善処はする」


 そんな二人の言葉に苦笑しながらも。俺は――二人を見て。














「俺は、約束を守る。絶対に三人を幸せにする」






 そう、目を見て。言った。



「もちろん、言うだけなら簡単だって事は分かってる。法的にも、倫理的にもおかしい事だって。……でも。三人は約束を守ってくれていたから。俺も……その想いに応えたい」


 ……と、言葉をつらつらと並べながらも。心の奥底に……別の理由がある事も分かっている。醜く、ドス黒い。そんな感情が。


 これは……言わないのは卑怯だろう。


「……というのもあるんだが。……本当の理由は、だな。その。独占欲が湧いてしまったんだ。三人に」


 元々ゼロだったとは言えないが。……昔のことを思い出して。より、それが強くなってしまった。


「……他の人に取られたくない。自分でもワガママで、女々しくて。重いと思う。でも――」


 もし、三人が俺を見限ったとしても、絶対に恨んだりはしない。と言おうとしたのだが。



 月雫姉は……泣いていた。思わず頭が真っ白になる。


 そ、そんなに気持ち悪かったか? いや、確かに気持ち悪いよな。


 どう声をかけるべきか。かけない方がいいのかと悩んでいると……月雫姉はぶんぶんと首を振った。


「ち、ちが、違くて。……私は佳音が女の子と話してるの見てる時、ずっとモヤモヤしてたけど。……佳音もおんなじなんだって分かったら、その。嬉しくなっちゃって」

「ん。私も。ふふ。嬉しい」


 月雫姉の言葉と……空姉が今までに見ないくらい可愛らしい笑顔を見せてきて。思わず俺も心臓が高鳴った。



「……あ、でも。一つだけ、まだ果たしてない約束。あるよね」

「ん!」


 ずずい、と二人が近づいてきた。俺は思わず苦笑する。


「……少し、待って欲しい。俺も少しだけ疲れてるんだ。……あと。どうせなら、俺も全て心残りを終わらせてからにしないか?」


 白湯を飲んで少し落ち着いたが。眠気が出てきた。……あれだけ寝たと言うのに。こんな眠い時にするのは……なんとなく、良くない気がする。



「……んー。でもそれだと私だけ卑怯な気がするよ」

「……陽葵姉?」

「陽葵お姉ちゃん?」

 陽葵姉の言葉に月雫姉と空姉の目がジトッとしたものになった。


「むぅ……でも、陽葵お姉ちゃんかそれだけするくらい大変な事だったんだよね」

「……陽葵姉は一応節操あるからね。空と違って」

「酷いよ、月雫お姉ちゃん。私が節操無いって言いたいの?」

「この前佳音の下着盗んでたでしょ」

「何してるんだよ空姉……」

「そこにのんちゃんの下着があったんだもん」

「開き直るな。……まあいい」


 俺は一度、ふうと息を吐く。


「……佳音くん。あと一分だけ貰えるかな」

「ん? ああ。それぐらいなら」


 意識は限界に近いが。陽葵姉が言うなら耐える。


「ん。ありがとね。それでさ。……私、考えたんだけど」

 陽葵姉がそう言って俺達を見る。


「今は、私達から佳音くんにちゅーして。佳音くんからは……また、色々と落ち着いて。佳音くんの覚悟が出来てからでいいんじゃないかなって」

 そんな陽葵姉の言葉に俺はまた固まった。


「ど、どうしてそうなった?」

「え? だって、佳音くん。気にしてるでしょ? 私との初めてがあんな感じだったの」


 陽葵姉の言葉にうっと声が漏れた。



 ……あの時の俺は。完全に取り乱していて、完全に気が回っていなかったが。


 俺、寝る前めちゃくちゃ吐いてるのだ。しかもその後口をゆすいだりしていない。先程、洗面所で口をゆすいでからその事を思い出して、自己嫌悪に陥っていた。


「私は刺激的な初体験で嫌いじゃなかったけどな」

「ひ、陽葵姉……」

「ふふ。でも、はきっと。……もっと、素敵な思い出にしてくれるはずだから。月雫達も、ね?」


 陽葵姉の言葉と共に。月雫姉が近づいてきた。


「る、月雫姉? 少し落ち着いて……い、今したら後悔しない?」

「……これでもずっと、我慢してたんだ。私」


 月雫姉が俺の肩をがっしりと掴んだ。そして。その綺麗で……可愛らしい顔がどんどん近づいてくる。



 俺も……覚悟を決めて。目を瞑った。次の瞬間。



 柔らかいものがちょん、と。唇に触れた。


「だ、大好きだよ。佳音。……もし、断られてたとしても、私は多分佳音から離れられなかったから。……かっこよかった。すっごく」


 そんな言葉と共に。月雫姉は離れていく。そして、それに代わって空姉の顔がすぐ目の前にきた。


 そして、何も言わずに。空姉は唇を重ねてきた。



 その小さな手は俺の手を握り。指を絡めてくる。


 そんな時間が数秒ほど続いた後。



 ぬるりと。口内に柔らかくて小さい何かが侵入して――


「す、ストーップ! 空、やりすぎ!」

「むぅ……」

「こら、空。佳音くん疲れてるって言ってたじゃない」

「……ごめんなさい」

「い、いや。少し驚いただけだから……だ、大丈夫だ」


 眠気が押し寄せてきて反応が遅れてしまった。空姉は礼儀正しく頭を下げている。


 それに苦笑していると……瞼がどんどん重くなってきた。



 先程と状況は同じはずなのだが……今はもう。全て思い出したから。不思議と不安は無かった。


「ん。おいで、佳音くん。歩ける?」

「ああ……大丈夫だ」

 陽葵姉がリビングのソファーで手招きをしていた。俺はそこに向かって歩く。


 丁度、陽葵姉の目の前で。俺の膝ががくんと崩れた。陽葵姉はそんな俺を優しく抱き留める。



 暖かい温もりに包まれて。どんどんと意識が薄れていく。



「……ありがとね、佳音くん。大好きだよ」


 そんな声と共に……俺の意識はぷつりと途切れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る