第19話 膝枕
「ふふ。可愛い、佳音くん」
胸の中で眠る佳音くんの頬をつつく。……男の子って、あんまり柔らかいイメージはないけど。佳音くんは別だ。
すうすうと寝息を立てる佳音くんは昔から変わらない。
……ううん。変わった所もいっぱいある。もちろん良い意味で。
「……男らしくなっちゃったなぁ。お姉ちゃん、最近ドキドキさせられっぱなしだよ」
さっきなんか。もう、すっごいかっこよくて……
「むー。陽葵お姉ちゃん。私ものんちゃん抱きたい」
「あ、ごめんごめん。独り占めしちゃってたね。……でも、空。その言い方は誤解を招きそうだからやめておかないかな?」
「ん。善処する」
空の相変わらずな言葉に私は苦笑する。そのまま私は空と入れ替わる。空は佳音くんを愛おしそうに抱きしめた。
佳音くんの頭を胸に抱いて。片方の手はぎゅっと握って。
「……佳音くんの手、怪我してるから気をつけてね?」
「あ、そうだった。分かった」
佳音くんは自分で自分の手を引っ掻く癖があるらしい。……幼い頃からのもので、耐えきれなくなった時にするらしい。一応軽く手当はしたけど、まだ痛いはずだ。
佳音くんの手の傷に触れないよう、空は腕に腕を絡めていた。その姿を見ていると、昔を思い出してほっこりする。それと同時に……空達も受け入れてくれた事実に頬が緩み。思わずじっと二人を見てしまう。
空も……本当に幸せそうで良かった。
「そ、空……次は私だからね」
「ん。もうちょっとだけ」
佳音くんがまるで赤ちゃんのように扱われている。
「もう、あんまり騒ぎすぎて起こさないようにね?」
「うん!」
月雫はいつものツンデレの皮が剥がれ、子供のように笑顔を見せている。
月雫のツンデレは佳音くんと再会して発症したものだ。……自分の好意が怖がられるんじゃないかって心配だったらしい。……言葉にしなくても行動に出てたからあんまり意味はなさそうだったけど。
でも。これをきっかけに、また素直に伝えられるようになったらいいな。
「ふふ。……可愛い」
佳音くんをぎゅっと……絶対に離さないと言わんばかりに抱きしめる月雫を見ながら。また私は考える。
でも、今は佳音くんの事だ。一旦は落ち着いたけど、その心の傷は決して浅くない。もしかしたらまたその光景をフラッシュバックしてしまうかもしれないし、怖い夢を見るかもしれない。
……時間も、かかるはずだ。でも大丈夫。絶対に支えてみせる。
そう決意をして。私は拳を握った。
◆◆◆
懐かしい……夢を見ていた。
内容はすぐに忘れてしまった。でも、楽しい夢だった気がする。
「……のんくん。かのんくん」
その声と共に。俺の意識は呼び戻された。
目を開けると……。すぐ目の前に空姉の顔があった。
「ん。おはよ、のんちゃん」
「お、おはよう?」
その事に戸惑いながらも返事を返す。あれ?確か俺、陽葵姉に起こされたような……?
そう疑問に思っていると。俺の頭が柔らかく、暖かいものを枕にしている事が分かった。
「あ、起きた? 佳音くん。おはよ」
その声のした方……上を見ると。
陽葵姉の顔は……見えなかった。理由として。その間にあったおおきな物が遮っていたから。
陽葵姉に膝枕をされていたのだと、遅れて気づく。
「うっ……」
「……のんちゃんのえっち?」
「い、いや。その、今のはちが……」
「ふふ? 何の話してるのか……なっ!」
陽葵姉に体を起こされ。そして、強く抱きしめられた。
「……ひ、陽葵姉って結構力持ちだよな」
「ありがと。……佳音くんに何かあった時のために鍛えてるんだ。……それとも。力持ちな女の子は嫌いかな?」
「女の子が力持ちかどうかは別にどっちでも構わないが……陽葵姉の事は好きだぞ?」
俺がそう言うと。陽葵姉はキョトンとした顔をして。
ボンッと。音を立てそうな勢いで顔を真っ赤にした。それを見て、俺も自分が何を言ったのかやっと理解した。
まだ少し寝惚けていて。つい言ってしまった。
かと言って、『今のは違う』と言うのも誤解を招きそうだし。思わず押し黙ってしまう。
「「……」」
陽葵姉も真っ赤な顔のまま……すっと目を逸らしている。
「……むぅ。のんちゃん、私は?」
そんな俺を不満そうに空姉が見ていた。かなり顔を近づけて。俺が思わず仰け反りそうになるが、陽葵姉に抱きしめられて動けない。
間近で。くりくりとした目に見つめられて。
「……か、可愛いと思う」
その圧に耐えられず、俺は言ってしまった。すると、空姉は……
「ふふ」
満面の笑みを浮かべていた。それはもう、にっこりという言葉が似合うぐらいに。
「……空姉って昔からあまり表情が変わらない気がしてたんだが」
「ん。否定はしない。でも、嬉しい時は嬉しい。今は最大級に嬉しい」
空姉はわざわざそう言葉に……そして、表情で表してくれた。
「……そうか。それなら良かった」
「ん」
笑顔で頷く空姉を見ながらも……俺はふと疑問が浮かんだ。
「そういえば月雫姉は?」
「あ、そうそう。佳音くんを起こした理由がそれなんだよ」
陽葵姉がほんのりと赤い頬のまま。そう言った。俺がその言葉の意味を聞こうとした時だ。
「あ、良かった。佳音、起きてくれたんだ」
月雫姉がリビングに入ってきた。その手にはお膳を持っていて……。
「おかゆ、作ったから。お腹の中が空っぽのはずだと思ってさ。食べれそう?」
「……! ああ、少しお腹が空いていたんだ。ありがとう!」
月雫姉の言う通り、胃が空っぽで少し気持ち悪かった。月雫姉の持っていたおかゆからは湯気が立ち上り、散りばめられた梅の色が程よく食欲を誘っている。
「美味しそうだ。とても」
「ふふ。良かった。お義父さんも三十分以内には帰って来れるらしいから。少し早いけど食べちゃいましょ。後でまたお腹が空いたらスープ作ってあげる」
「ああ、分かった。ありがとう、月雫姉」
父さんが帰ってきたら聞きたい事もたくさんあるし、頼みたい事もある。それなら今のうちに食べて少しでも元気になっておきたい。
そう考えて。俺は陽葵姉達から離れたのだった。
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