第20話 ありがとう

「ふふ、美味しい?」

「ああ、美味しい」


 程よい塩味と酸味。それがおかゆの温かさと混じり、胃へと落ちていく。


 先程の白湯は全身の血流が良くなるような満足感があった。今食べてるおかゆは確かに少しずつ。胃に溜まっていくのが分かる。


 ……ただ。


「それじゃあ次ね? ふー、ふー。はい、あーん」

 月雫姉はわざわざ息で冷まして食べさせてくれるのだ、


「る、月雫姉? 俺、重病でもないから食べられ「あーん」んぐっ」


 俺の言葉を遮るようにおかゆを食べさせられる。美味しい。


「……喉も痛いんでしょ? それなら熱々なのは避けた方が良いの。……ふー、ふー。はい、あーん」


 俺が喋るより早くおかゆを食べさせられる。


「なんかあれみたいだよね」

「ん。餌を食べさせられる小鳥」

 横でじっと俺達を見ている二人にそんな事を言われながらも。だが、月雫姉が楽しそうなのでされるがままになっておく。


「ん。はい、最後。あーん」


 そうして、最後の一口を食べさせて貰う。月雫姉は最後まで優しい笑顔で。俺に食べさせていた。



「……ご馳走様でした。美味しかった、月雫姉」

 俺はそう言って、月雫姉を抱きしめる。……昔。おままごとをする時に毎回していた事。


 あれから長い時は経ったが、毎日、何度こうしてお礼を告げても月雫姉は嬉しそうにしてくれる。それを見ると……俺も嬉しくなってしまう。


「……月雫姉」

「何? どうしたの?」

「本当に……いつもありがとうな。美味しい料理を作ってくれて」


 月雫姉と共に料理を作り始めて、改めて。その事を実感させられた。


「これからは俺ももっと手伝えるようにする」

「ふふ。良いのよ、私は楽しいから作ってるんだし。佳音も分かるでしょ? 作ってくれたご飯が美味しいって言ってくれる時の嬉しさが」


 俺は月雫姉の言葉に頷いた。……陽葵姉や空姉。父さんにお義母さんの言葉は嬉しかった。また、作りたいと思うぐらい。


「特に、その。……佳音は毎回ちゃんと言ってくれるから。結構……ううん。かなり嬉しいんだよ?」


 月雫姉は目をそっと逸らしながら。そう言ってくれた。


「だ、だから……その。こっちこそありがとね」


 小声ではあったが、確かにその言葉は耳に届いた。俺は笑顔で頷く。


 そんな俺を見て、月雫姉は口を尖らせた。

「で、でも。佳音と一緒に料理するのは楽しかったし。ど、どうしてもって言うなら手伝ってくれても良いけど?」

「ああ、もちろん。俺も月雫姉と料理を作るの、楽しいから」


 俺は月雫姉の言葉に頷く。


 その後、俺がお皿を洗おうとしたのだが……本調子ではないからと月雫姉に止められた。そして、その後は陽葵姉と空姉と昔の話をしていたのだが……



 ガチャリと、玄関の扉が開く音が聞こえた。



「佳音!」

 切羽詰まったような顔。その顔が、俺を見て。ホッとした顔へとなる。



「おかえり、父さん。……俺はもう落ち着いたよ」

「良かった……良かった」


 父さんはそのまま近づいてきて。俺を抱きしめてくれた。


 昔はあれだけ大きかった体が……もう俺より少し大きいぐらいになっている。その事を知って、少し感傷に浸りながらも……俺は父さんを抱きしめ返した。


「……すまなかった。陽葵ちゃん達が居なければ。もっと辛い目に逢わせてしまっていた。……佳音がもう少し大きくなってから話そうと思って。時間を経たせすぎていた」

「大丈夫だよ、父さん。父さんが俺を気遣ってくれていた気持ちも分かる。……それに、普通に。こうしたアクシデントではなく、普通に思い出していたら。だい……じょうぶだったはずだ」


 一瞬。一瞬だけ、本当に小さい頃。こんな風に……母さんにも抱きしめられた事を思い出して。胸がチクリと痛んだ。


「……それに、父さんは今まで俺をずっと支えてきてくれたんだ。俺は感謝しかしていないよ。本当に……ありがとう、父さん」


 記憶を失った時の俺は子供ながらに荒れていた。友達も、先生も……父さんの事すら信じられなかった。酷い事もたくさん言った。



 それでも、父さんは優しく。俺を育ててくれた。


「ああ。こっちこそ……佳音が居たから頑張れたんだ。ありがとう」


 そうして父さんと話していると。また、玄関の扉が開く音がした。


 ドタドタと忙しない足音がして。バタンと扉が開く。


「佳音くん!? 大丈夫かしら!?」


 そこに居たのは、真っ黒な髪を一つに束ねた女性。……お義母さん。陽葵姉達のお母さんである、黒井暁くろいあかつきである。


「お義母さん。……陽葵姉達のお陰でもう大丈夫ですよ」


 父さんが離れ。俺はお義母さんへとそう言った。すると、お義母さんは凄くホッとした顔をして。


 また俺は……強く抱きしめられた。

「良かった……また、佳音くんが傷つくんじゃないかって……心配で」

「……心配かけてすみません」

「良いのよ。家族は心配をかけてもいい相手なんだから」


 そんなお義母さんの言葉を嬉しく思い……俺は。言わなければいけない事を思い出した。


「あの時は……父さんが単身赴任に行っている時。助けてくれてありがとうございました。お義母さんが……いえ。母さんが助けてくれなかったら。俺はもっと大変な事になっていたかもしれません」


 家族なんだ。もう、お義母さん呼びではなく母さん呼びでいこう。


 その言葉に母さんは嬉しそうな顔をして。微笑んだ。


「……全部思い出したのね。ええ、もう。あの時は驚いたわ」


 そして、俺を離してくれた。


「でも……そうなのね。全部、思い出したんだ」

「……はい」


 何を言いたいのかは分かる。陽葵姉達の事……『約束』の件だろう。


「そんなに身構えないで良いわ。今はその事は置いておきましょう。……でも、そうね。頭ごなしに何でも否定はしないから。佳音くんのタイミングで、相談したい事とか、話したい事があればして欲しいわね」

「はい……ありがとうございます」


 その事は父さんも知っていたのだろうか。苦笑いをしながら俺を見ていた。


 その事は後で良いと言われたのでその通りにして……



「父さん」


 俺は父さんを呼び、そして。


「母さんの事について。教えて欲しいんだ」


 そう言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る