第21話 親子の語らい

 父さんは……じっと。俺を見ていた。


「……今じゃなくても。大丈夫じゃないか? もう少し時間を置いてでも」


 その言葉は優しく。俺を慮ったものだ。確かに父さんの言う通り……今でなくても良いのかもしれない。


 まだ本調子とは言えないし。話を聞くと、また思い出してしまうかもしれない。


 だが。


「……知っておきたいんだ。今じゃないと勇気が出せない。それに、一つ。お願いしたい事もあるんだ。そのために聞いておきたい」


 俺はまっすぐと。父さんを見て、そう言った。


 今を逃せば。またなあなあで暮らしてしまうかもしれない。日常へと戻せるのかもしれない。


 ……それが悪い事だとは思わないし、なんならそれが正しいと俺は思う。時間が解決してくれるのが……支えてくれる人が居ると仮定すれば、一番精神的に楽な方法だと思う。


 でも。それでも。


「頼む。父さん。教えて欲しい。……母さんが本当はどんな人だったのか」


 父さんは俺の言葉を聞いて。ゆっくりと頷いた。


「分かった。話すよ。……お母さんがどんな人だったのか」


 そして、父さんが陽葵姉達を見て。それに気づいた四人に部屋を退室してもらう。


「……何かあったら呼んでね。すぐ駆けつけるから」

「ああ、ありがとう。陽葵姉」


 そうして、四人が部屋から出て。父さんは話し始 めた。



「……とは言っても。普段のお母さんは佳音の知っているお母さんで合っているよ。優しくて、気の使える女性だった。お父さんが初めて出会った時もだね」

「そう……だったのか」


 その言葉を聞いて、俺は少しだけほっとした。良かった。そこは本当だったのか。


「ああ。……でも。お母さんは、お酒を飲むと性格が豹変する人だった。……怒りやすくなって、すぐに物を投げたり。殴ってきたりする。お父さんも、最初は驚いた」


 父さんは目を細めてその時の事を思い出しているのか……寂しそうな顔をした。


「……お父さんはそれでも、お母さんと付き合っていた。いずれ、良くなるんじゃないかって。それに、普段はいつも通り優しい人だったから。……でも、それが結果的に。佳音を傷つける事になってしまった。すまない」

「父さんが謝ることないって。大丈夫だから」


 俺自身、その時になるまでは気づかなかったんだし。


 ……という事は?


「佳音も薄々察しが付いてるとは思うが。お母さんと結婚して、子供が……佳音が出来て。お母さんと約束したんだ。『もう、お酒は絶対に飲まない』って」

「……あ」


 父さんが離婚した時。『お母さんは約束を破った』と言っていたが。そういう事だったのか。


「言ってくれた通り、お母さんは約束を守ってくれていた。あの時までは。このまま、佳音が成人するまでは。大丈夫だと思っていた」


 父さんが悔しそうに手を組み。それを見つめていた。


「――あの時、お父さんは暁さん……今のお母さんから色々な事を聞いたよ。佳音に怪我をした跡がある。怖い夢を見て……その内容がお母さんから殴られたもので。ご飯もレトルト食品やカップ麺しか食べていないみたいだって。……佳音。手、見せてごらん」


 父さんの言葉に俺はピクリとして。……おずおずと手を差し出した、


 父さんは俺の――絆創膏塗れの、少し血の滲んだ手を取り。じっと見た。



「佳音は。心が耐えきれなくなると、自分の手や腕を傷つける癖があるんだ。その事もその時。初めて知ったよ。まだ、幼かったのに……悪い癖を付けさせてしまった」

「……」

「本当に……大変な思いをさせてしまった。佳音には」

「……それでも」


 罪悪感を募らせた父さんに。俺は口を開く。



「俺は――幸せだったよ。父さんと一緒に居て。陽葵姉と、月雫姉と。空姉と――暁さん。母さんと一緒に居られて」


 それは。それだけは揺るぎようのない事実だ。



「……ありがとう、佳音。お父さんも佳音と一緒に居られて幸せだ。……さて。他にお母さんについて聞きたい事とかはあるかい?」


 照れくさそうに父さんは言った後。そう俺に言ってきた。


 俺は……少し考えた後に首を振る。


「……いや、大丈夫だ。もし何かあったらその時に聞くよ」

「分かった。いつでも聞いて欲しい」


 正直に言うと……ここが潮時であった。いつもの優しい母さんと。……あの、鬼のような形相の母さんを思い出して。ギャップで頭がおかしくなりそうだったから。


 でも、あと一つだけ。頑張らなければいけない。


「……父さん」

「……どうしたんだい?」

「あと一つ。お願いしたい事があるんだ」



 俺は一度、長く息を吐いた。そして。


「母さんと一度会って、話がしたい。なるべく近いうちに」


 そう言うと、父さんは目を丸くして唸った。


「……理由を聞いても良いかい?」


 その言葉に今度は……俺が目を丸くする番だった。


「すぐ断られると思っていたんだが」

「感情だけで言えば。断りたい気持ちはある。……だけど、親として。我が子が成長したいと願っているのなら、止める理由は無い。出来ればその理由は聞きたいんだけど……いいかい?」


 父さんの言葉に俺は頷いた。そして。俺はもう一度深呼吸をし……



「過去を乗り越えたい。……それと。お礼を言いたいんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る