第23話 緊張

 土曜まではまだ時間がある。なるべくその事は考えないようにしていたが……どうしても気にかけてしまう。


 学校に行っている間もあまり授業に身が入らなかった。……だが、長くても今週末まで。父さんが早めにセットアップしてくれて良かった。


 ……しかし。こう、なんか。胸がつっかえているというか。なんとなく気持ち悪いような。そんな状態がずっと続いていた。


 体育の授業中は体を動かしていたから忘れられたが。授業中はそう上手くいかず。


 ……単純に集中出来ていないから、なんだろうな。どうすればいいかな。


 すると、背後からちょいちょいとつつかれた。俺の後ろの席には友人がいる。振り向くと、神妙な面持ちで口を開いた。

「……なあなあ。お前のメンタルどうなってんの?」

 ……この質問。ここ最近で何度目だろうか。


 確かに、視線は凄い。特に……というかほとんどが男子達なのだが。


 授業の途中だと言うのに何度も何度も睨みつけてきている。

「慣れたんだろ」

「いやお前、最初からそんな態度だっただろ。前からずっと何か考えてるみたいだしさ。大丈夫か?」

「…………そんなに深刻な事じゃないから大丈夫だ」


 しかし、こうして見ると俺はメンタルが強いのか弱いのか分からないな。


 ……まあ、それは良いか。


 俺は一つため息を吐いて。また授業を受けながらもぼんやりと考えた。


 陽葵姉達が傍に居てくれたの。かなり心強かったんだな。と。


 ◆◆◆


「のんちゃん、来たよ」

「空姉!」


 授業が終わり、昼食時間になると。空姉が来てくれた。俺は思わず大きな声を出してしまい……辺りから注目を浴びてしまう。


 まずい。つい昔と同じ事をやってしまった。


 ――空姉達が引っ越す前。小学一年生の、短い間の出来事。


 長い休み時間になると、空姉はよく遊びに来てくれた。陽葵姉と月雫姉はよくクラスの人に捕まり、来れない日が多少はあったのだが、結構な頻度で来てくれていた。


 空姉達が来ると……俺はよく名前を呼んで喜んで駆けつけたものだ。……その時の癖がつい出てしまった。


 完全にやってしまい、俺の体は固まった。めちゃくちゃ見られている。


「……」

 空姉はキョトンとした顔をしている。……そして。



 その口角が。思い切り上がった。そのまま俺に近づいてきて。下から顔を覗き込んでくる。



「ふふ。のんちゃん、私が来て嬉しいんだ」

「ッ……」

 その顔がすぐ目の前にくる。鼻先がちょんと触れ、吐息がかかるほどに。


 そんな間近に空姉の顔があって。思わず怯んだ。


「のんちゃんはお姉ちゃんっ子だもんね」

 その手が俺の頭へ伸び。……優しく撫でられた。髪を梳くように。そして。そのまま抱きしめられた。


「ちょ、空姉!」

「ん。大丈夫。私が居るから」


 空姉の言葉を最初は理解出来ずにいたが……やがて。その意味が分かった。


 俺の気がつかないうちに。心臓が早くなっていたのだ。緊張していたからだろうか。


 空姉の暖かさと。とくん、とくんと確かに聞こえる心臓の音を聞いていると……俺は落ち着いた。


「……空姉、ありがとう。もう大丈夫だ」

「ん。役得だった」


 空姉は俺から離れ。ニコリと笑った。俺もその笑顔を見てホッとする。


 その時、視界の奥にいた二人の人物が見えた。



「……陽葵姉?」

 俺の言葉に空姉が振り向く。教室の扉越しに、陽葵姉と月雫姉の姿が見える。


 陽葵姉は俺達へと手招きをしていた。


 ◆◆◆


「……ここ、バレたら怒られるんじゃないか?」

「ふふ。この前ここに隠れに来てたのは誰だったかな?」


 俺は陽葵姉の言葉に何も返せずにいた。


 俺達は今。屋上に来ている。本来は立入禁止の場所なのだが、この学校はこの辺がザラなので鍵がかかっていないのだ。実は放課後とかは告白スポットだったりもする。


 ……しかし、昼はほとんど人がいない。俺もこの前隠れた時は誰にも見つからなかった。


「大丈夫。私達もそれなりに真面目にやってきたから。もし見つかっても佳音は心配しないで」

「……でも。陽葵姉、今年は受験じゃないか」

「ん。いざとなればちゃんと説明すれば……多分許してくれる」


 空姉の言葉に陽葵姉が頷いた。


「それよりもさ、お弁当食べよっ! 佳音くんっ!」

 そのまま陽葵姉に押し切られて。ここで食べる事となった。


「ん、こんな事もあろうかとシート持ってきた」

「……準備良いんだな」

「ふふん」

 空姉が胸を張って自慢げにした。そして、シートが敷かれて俺達はそこに座る。



 そして……俺は三人を見渡した。

「……ありがとう」


 俺は、俺が想像していたより精神的にキていたらしい。……いや、当たり前と言えば当たり前か。


「あんまり焦らないでね、佳音くん。大丈夫。私達がついてるから」

 陽葵姉が俺をぎゅっと抱きしめながらそう言ってくれる。



「今日の佳音のお弁当は好きなの詰めておいたから。……また私が食べさせてあげるわよ」

「ん、じゃあ私は食べたあと一緒にお昼寝する」

「ふふ。その時は私が膝枕するよ、佳音くん。空」


 陽葵姉の暖かな手が俺の頭を撫でる。……男の頭なんか撫でても楽しくないだろうに。昔からの癖みたいなものなのだろうか。



 そうして、四人でお昼休みを過ごしたのだった。俺もかなり落ち着き、授業を受ける事が出来たのだった。

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