第24話 前日

「……ふう」

 心臓がドキドキする。ご飯もあまり喉を通らず。月雫姉には悪い事をしてしまった。


 遂に明日。会うのだ。母さんと。



 今日一日。ずっと胃がムカムカしていていた。体も怠く、何も集中する事が出来ずに。


「ふぅ……」

 ため息を連続して吐く。全身から冷や汗が流れ出しているのでタオルもかかせなくなっていて。


「……ごめん。心配かけさせてるな」

 そんな俺に……三人はずっと付き添っていてくれた。


 月雫姉は俺が食べやすいよう、ゼリーを買ってきてくれて。陽葵姉はずっと俺の手を握ってくれ、空姉は俺を落ち着かせようと、ぎゅっと抱きしめて心臓の音を聞かせてくれたのだ。


 それでも……俺は落ち着けなかったが。


「佳音くんの事は心配だよ。でも、謝るとか……そんな事はしないで。私達が支えるって決めたんだから」

「ん。私はずっとのんちゃんとくっつけて嬉しい」

「私も好きでやってるだけだし。……心配なのは確かだけど。でも、佳音にかけられる心配は迷惑じゃないから」


 俺はそんな三人の言葉を嬉しく思いながら。額に滲んだ汗を拭う。


「はい、佳音。水分補給はちゃんとやっておかないと」

「ありがとう、月姉」


 水を受け取り、少しずつ飲む。

「あ、ちょっと待ってて」


 月雫姉はそう言って部屋から出て行った。俺達は首を傾げていると……一分もしないうちに帰ってきた。その手の平には白い粉が置かれている。



「月雫姉……? それは?」

「お塩。佳音、今日全然塩分取ってなかったから。しょっぱいけど舐めて」


 そう言って月雫姉は手のひらを近づけてくる。


「ええっと……直接舐めるのか?」

「……ちゃんと手は洗ってきたけど。やっぱり嫌だった?」

 俺はその言葉に首を横に振った。


「い、いや。そういうことじゃなくてな。……どちらかと言えば、月雫姉が嫌じゃないかと」

「べ、別に嫌じゃ無いけど? ほ、ほら。早く舐めなさい」

 月雫姉が手を突き出してきた。……俺はその手のひらにのっている塩を舐めた。


 当たり前だがしょっぱい。でも、不思議と不快感はなかった。月雫姉の言うとおり、塩分不足だったからだろう。


 そうして塩を舐め終えると。月雫姉はじっとその手のひらを見て。



 ぺろりと舐めた。


「る、月雫姉!?」

 戸惑う俺を見て、月雫姉もビクッとした。


「ち、ちが、その……これはあの。塩が残っててもったいないって思っただけで。べ、別にそんな意図は……」

「月雫お姉ちゃんのむっつり」

「む、むっつりじゃないし!」


 あわあわとしていた月雫姉だったが、空姉に言われて顔を真っ赤にしながらも否定した。


「あ、でも佳音くん。汗かきすぎちゃったね。お風呂入ろっか」

 ……聞き間違いだろうか。まるで俺が陽葵姉達と一緒に入るかのような言い方であったが。


 さすがに聞き間違いだろう。いくらなんでも自意識過剰だ。

「……そうだな。先にいただこう。三人は部屋に戻っておいても大丈夫だぞ」

 俺がそう言うと。三人は首を傾げて。


「……? 一緒に入るんだよ?」


 当たり前かのように、そう言ったのだった。


 ◆◆◆


「ふぅー。いいお湯だね、佳音くん」


 結局――俺はまた、陽葵姉達と風呂に入る事になった。

「……ああ。いい湯だな」


 俺は全力で陽葵姉から目を逸らして壁を見つめる。月雫姉と空姉の不満そうな声が聞こえてくるが仕方ない。


「むぅ……のんちゃんが言うから仕方なくバスタオルも巻いてるんだよ?」

「……今体洗ってるから外してるだろ」

「ん。見たら分かるよ」


 そんな空姉の挑発にも俺は乗らない。すると、空姉のどこかイタズラっぽい声が聞こえてきた。


「あ、ちなみに月雫お姉ちゃんは見られる準備万端みたいだよ。ずっとソワソワしてるし、のんちゃんに体の向き変えてる」

「空!? 最近私に酷くない!?」

「月雫お姉ちゃんが素直にならないから悪い」


 最近この二人仲良いな。……いや、元から三人とも仲が良いのだが。


 そんなやり取りを聴きながら……。少しだけ落ち着いてきた胸を軽く撫でた。


 その時むにゅりと。背中に柔らかいものが当たった。なんとなく、抱きつかれそうだとは思っていたが。予想外の事態も同時に起きていた。



「……陽葵姉? バスタオルは?」

 タオルの感触がない。……つまりはそういう事である。

「お湯にタオルを付けるのはマナー違反なんだよっ、佳音くん」

「それは……そうなんだろうが。でも前は」

「前は前だよ。それに、こっちの方が佳音くんも……元気出るでしょ?」


 その柔らかい感触がより強くなり、俺は思わず背筋をピンと伸ばしてしまった。


「ひ、陽葵姉!? そ、そういうのは……」

「ふふ」


 俺の言葉を聞かないふりをして、陽葵姉が更に強く抱きしめてきた。


 頭の中が一瞬真っ白になって……その後、俺は気づいた。


 陽葵姉、俺を励ますためにやってくれているのだ。



 俺は一度息を吐き、振り向く。そして……



 俺は陽葵姉に抱きついた。


「……ふぇ?」

「ありがとう、陽葵姉」


 体に当たる暖かい感触はなるべく無視しながら。俺は思いを伝える。


「陽葵姉が……もちろん、空姉と月雫姉も居てくれたから。俺はまだ頑張れるんだ」


 三人が居なければ。俺は母さんと会う事に怯え、もしかしたら……諦めていたかもしれない。


「何度お礼を言っても……陽葵姉?」


 陽葵姉の手の力がいきなりなくなった。ずっと返事もしてこないので不思議に思ってその顔を見ると……



「か、佳音くんの佳音くんが……」

 うわ言を呟きながら、目を回していた。


「ひ、陽葵姉!?」

「陽葵お姉ちゃん、攻められるのに弱いもんね」

「佳音の……すごい」

「月雫お姉ちゃんのむっつり。……のんちゃん、私もぎゅーってして!」

「……え? い、いや、その」


 月雫の言葉で思い出したのだが。俺は今やばい事になっている。……俺、この状態で陽葵姉に抱きついていたのか。


「今ちょっと緊急事態で……その」

「むー! 陽葵お姉ちゃんばっかりずるい!」

「か、佳音! 空の次は私だからね!」

「い、いや。ちょっとま「問答無用!」」


 陽葵姉が体を預けてきているので上手く動けず。俺は空姉の侵入を許してしまった。


 その後は月雫姉も参加し……お湯が溢れ出して大変な事になってしまった。


 だが、俺の緊張はまたいくらか解れ。その夜も、ちゃんと睡眠を取ることが出来たのだった。



 ついに明日。母さんと会う日が来る。

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