第13話 濁った瞳

 作者です。今更になりますが、タグに『(後半は)シリアスあり』を追加しました。後出しのような形になって申し訳ないです。


 それでは物語に戻ります。


―――――――――――――――――――――――


「……なに、してるんだ? 空姉」

 やけに寝苦しくて目が覚めた。すると。すぐ目の前に空姉の顔があったのだ。


 まんまるな瞳がじっと俺を見ていた。その表情の変化は少ないが……どこか優しげに思える。


「ん。起こしに来た」

「その割にはずっと乗っていたみたいだが……」

 この寝苦しさは多分空姉が俺の上に乗っていたからなのだろう。結構長い間感じていたが……。


「……眠ってるのんちゃんが可愛くて。ずっと見てた」

「お、お前な……」

 空姉の言葉に頬がひくついた。そんな俺の頬を空姉は撫で……小さく微笑んだ。


「それじゃあ行こ。早くしないと月雫お姉ちゃんに怒られる」


「お前な……まあ、分かった。行こう」


 俺は空姉をどかしてから起き上がり、伸びをした。


 そうしてまた、一日が始まったのだった。


 ◆◆◆


 学校生活もまあ……少しずつ落ち着いてきていた。


 男子達の視線ももちろんあるが。前のように聞こえる範囲で悪口を言われる事や、手を出そうとしてくる人達は居なくなった。


 オタク友達も減りはしたが……ゼロではない。


 完全に二次元に生きている友達などは俺に姉が居ると知っても怒ったりする事はなく……なんなら喜んでいた。少しうざくなるレベルで。

「佳音はお姉さんとお風呂に入ったりしないの!?」

「頭の中がアニメとラノベに汚染されてるぞ。……普通の姉弟は一緒に風呂の入ったりしない」


 この前の事を思い出し……そんな当たり障りのない事を言う。


「はぁー。やっぱり姉ものも妹ものも二次元に限るという事なんだな。もしこれが義理の姉弟とか兄妹なら別なんだろうけども」

「まあ……そうなんだろうな」


 ちなみに……俺達が義理の姉弟という事は明かしていない。そうなるとまた説明が面倒になるから。


 そうして話していると……扉の方に白髪の少女が見えた。

「あ、噂をすれば。じゃあ俺はこの辺で」

 そう言って友達が去っていく。俺は頷き、その少女――空姉をこまねいた。


 平穏な学校生活が戻ってきた。結果として、学校でも空姉達と話せるようになって良かったのだろう。


 ――だが。俺の記憶が戻る事はまだ当分無さそうだと。この時はそう思っていた。


 ◆◆◆


 今日は図書館で借りた本の期限だ。陽葵姉達には先に帰ってもらい、図書館へと向かう。


 図書館の静かな雰囲気は好きだ。気分が落ち着く。一人の時間……では無いが、こういう時間も大切にしたい。


 リラックスも兼ねてそのまま十分ほどかけて館内を練り歩く。何度も見ているはずだが……こうして本を見て、気になった本は手に取って見てみるのも楽しい。これは図書館だけではなく本屋にも通ずるものがあるが。


 あっという間に時間が過ぎていく。三十分ほど経って、俺はまた借りる本を選んでカウンターへと持っていった。


 その後は一人で帰っていく。ゆっくりと。街を見渡しながら。


「確か、引っ越してはいないはずだから……小さい頃からこういう景色は見てるはずなんだよな」

 当然、小学三年生からの記憶はあるのでこの辺の地理は把握している。……のだが。


「小さい頃は父さんや母さんとこういう道を歩いていたのかな」


 そう考えると心がモヤモヤする。……いや、仕方ないと分かってはいるのだが。俺の産みの親……お腹を痛めて産んでくれた人の顔を知らないんだよな。


 ……そういえば、父さんから母さんの事は聞いてないな。小さい頃に何度か聞いたがはぐらかされ、俺から聞く事もなくなった気がする。


 歩いていると、小さな公園が見えてきた。昔はこういう所で遊んでいたりしたのだろうか。


 そう思ってその公園を見ると……ベンチで項垂うなだれている女性の姿が見えた。髪はボサボサで、顔がよく見えない。


 どうしたんだろうか。……変な人の可能性もあるが。もし体調が悪いのならば一大事だ。


 俺は公園に入り、ベンチに座っている女性へと近づく。


「……あの、どうかされました? 体調でも悪いんですか?」


 そう聞けば……その女性は顔を上げた。




「はい? 何の用でしょう」






 ドクン、と心臓が跳ねた。その髪の奥に見えた。濁った瞳に見つめられて。



 なんだ? どうしてだ?


「い、いえ。体調が悪いのかと心配になったので」


 俺は一歩下がり。そう言った。


「ああ、そう。気にしないで。ただの二日酔いだから」

 その瞳は俺を見ているようで、誰も見ていないようにも見える。何故か鳥肌が止まらない。



 そんな腕を摩り。俺はまた下がった。


「そ、その。すみませんでした。それでは――」


 とにかく、ここから離れたかった。しかし――



「――ちょっと待って」


 俺は呼び止められた。そのまま逃げるという選択肢もあっただろうに、俺は止まってしまった。


「顔、よく見せてくれない?」

 またドクン、と心臓が跳ねた。今度は先程とは違う方向で。



 うれ……しい? なんで?


 ああもう。心がぐちゃぐちゃだ。



 ――ひょっとして。昔、会った事があるのだろうか。


 それならば、と思い。俺は近寄った。



 その髪の奥から。瞳がじっと俺を見つめる。顔の隅から隅まで見られ……。俺も女性の顔を見た。



「――佳音?」



 その言葉に俺の心が剥かれた。瞬間、一つの答えが頭の中に浮かんだ。


「かあ――さん?」


 その事に気づいた瞬間。








 ――俺はとてつもない吐き気に襲われた。









 気がつけば、俺は。脇目も振らずそこから逃げていた。

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