第12話 たまには甘やかしたい
扉を三度、ノックする。一拍置いて、どうぞと聞こえてきた。
「……入るぞ、陽葵姉」
そう声をかけて、中に入る。丁度今さっき月雫姉が出てくるのを見ていた。今は一人のはずだ。
予想通り。部屋に居たのは陽葵姉だけだった。
「あ、佳音くん。どうかしたの?」
陽葵姉は……ベッドに座って。ニコニコとした笑顔をしていた。不自然な程に、ニコニコと。
「……陽葵姉?」
「あ、もしかして空達から何か聞いた? 私は大丈夫だから。心配しないで!」
陽葵姉はぶんぶんと手を振ってそう言う。……俺は陽葵姉の隣に座る。
「まだ詳しい事は知らなくてな。何があったか……出来れば、教えて欲しい」
俺がそう言うと。陽葵姉の肩がピクリと跳ねた。
「いや、別に無理に言いたくないならそれでも良いんだ」
「……ううん。あんまり隠しておく事でも無いからね」
陽葵はそう言って。俺をじっと見た。
「色々あったんだけど……まずね。私、高校生活で初めて。席次が一番から落ちちゃったんだ」
その言葉に俺は目を見開いた。
陽葵姉はかなり頭が良い。加えて言うと、運動神経も良い。……いや、それはこの三姉妹に共通しているのだが。
「……そう、だったんだな」
「うん。……月雫と空。佳音くんのお姉ちゃんなのに。情けないよね」
「情けなくない」
弱音ならいくらでも聞こうと思っていたが。俺はすぐ……陽葵姉の言葉を否定した。
「陽葵姉は俺の……俺達の自慢の姉さんだよ。情けないなんて。思った事ない」
俺は……陽葵姉を抱きしめた。
「陽葵姉が頑張っている事は俺も、空姉も。月雫姉も。父さんと義母さんも知っている。俺達が困ったら勉強なんかも教えてくれるし、他の事だって頑張ってる」
心臓がバクバクしている陽葵姉を落ち着かせるように。優しく抱きしめて。
「それに、陽葵姉は頑張りすぎなんだよ。……俺を甘やかしてくれるのも嬉しいんだけど、たまには俺からも甘やかさせてくれ」
そのまま俺は……陽葵姉の頭に手を置いた。少し恥ずかしいが……陽葵姉にやって貰えて。癒されていたから。
……俺がやった所でお節介なのかもしれないが。
陽葵姉は……俺を抱き締め返した。
「……ね、佳音くん。優しくしてくれるのも好きだけど。もっと強くぎゅってして欲しい」
「……これくらいか?」
「ううん、もっと。痛いくらいに。佳音くんを感じさせて」
その言葉を聞きながら……俺はもっと強く抱きしめた。陽葵姉が満足するまで。
数分後。陽葵姉が口を開いた。
「ありがとね。佳音くん。もう大丈夫だよ」
「だが……まだ心臓がドキドキしてるぞ」
「こ、これは……佳音くんのせいだよ。こんなに男らしくなっちゃって。ドキドキしないはずが無いもん」
俺は陽葵姉の言葉にうっと声が漏れて。離れようとしたが……陽葵姉が離してくれなかった。
「ふふ。でも、もう少しだけ、ね?」
「……分かった」
そうしてまた、お互い抱きしめあっていた。
「……あと一つ。気がかりな事があるんだ」
陽葵姉のその言葉に……俺は無言で頷く。
「空にも月雫にもまだ話してないんだけど。聞いてくれるかな」
「……ああ。聞かせてくれ」
そうして陽葵姉から聞かされた話は。驚くべきものであった。
◆◆◆
「ありがとね、佳音くん。着いてきてくれて」
「いや……あの話を聞いたらな。行かない理由もないし」
俺は今、陽葵姉と共に学校の屋上に居る。その理由は――
「や、やあ、陽葵ちゃん。来てくれたんだ――君は?」
今、屋上に来た三年生。
鳥田生徒会長は、頭も良く運動も出来る。そして、リーダーシップもあると有名だ。それは別に良いのだが。
――なんと。この生徒会長。『俺が今度のテストで陽葵ちゃんを抜かせたら。付き合って欲しい』と言ってきたのだ。
加えて、自分の言いたい事だけ言って去っていったとか。その上、陽葵姉が話しかけようとしても避け、断る機会を失っていたそう。
それで……実際に負けてしまった事で陽葵姉に大きなストレスがかかったらしい。
これで陽葵姉に付き合う気持ちがあるのなら青春の一ページになったのかもしれないが。
『今の所、私は誰かと付き合う気持ちは無いよ』
と。陽葵姉から聞かされた。そして、怖いから着いてきて欲しいとも言われたので俺も来た訳だ。
「……俺は一年の黒井佳音です。黒井陽葵の弟です」
「ああ、君が噂の弟君だね」
爽やかな笑顔を向けてきたので会釈だけしておく。
「佳音くんは私が着いてきて貰ったの。それで分かると思うんだけど……ごめんなさい。鳥田さんの気持ちには応えられません」
陽葵姉がそう言って、頭を下げた。鳥田生徒会長は驚いたような顔をした。
「そ、そんな……それじゃあ俺の頑張りは……」
鳥田生徒会長は狼狽えたように詰め寄ってくる。
こういう時のための俺だ。俺は陽葵姉の前に立った。
「頑張りが、と言っていますけど。生徒会長のそれはただ自分で勝手に決めたものです。陽葵姉に責任があるうな言い方をしないでください。そして、鳥田生徒会長はその後も陽葵姉から結果を聞く事を恐れて逃げていました。そんな独り善がりな考えを持つ人に……弟として。姉を任せたくありません」
なるべく陽葵姉にヘイトが向かないように……俺は鳥田生徒会長を見た。
「まさか、『席次で彼女を追い越したら付き合える』とか言いふらしたりはしてませんよね?」
「ま、まさか。そんな事するはず……」
……してるな。この表情は。だが、ここで言っておいたから恐らく大丈夫なはずだ。そうでなければ……また呼び出せば良い。
「……もう一度、ちゃんと言っておきます。すみません。鳥田さん。私はしばらく、誰とも付き合う気持ちはありませんから」
……と、陽葵姉が締めくくり。無事、終わったのだった。
◆◆◆
「ありがとう、佳音くん。佳音くんが私の言いたい事全部言ってくれたから。スッキリしたよ」
「……いや、俺も自分の言いたい事を言っただけだから。少し言い過ぎたような気もするが」
「ううん。こういうのはちゃんと言っておいた方が良いから。……じゃないと、ストーカー紛いな事とかし始めるし」
陽葵姉の言葉に思わず眉を顰める。
「……あったのか?」
「あはは、学校での話だけどね。さすがに家まで着いてこられた事は無いよ」
陽葵姉の言葉に思わずため息を吐いた。
「陽葵姉。もしまた何か困っている事があったら言って欲しい。今日みたいな事でも良いから」
「うん! 私も佳音くんに頼るよ」
陽葵姉はそう言って……そっと。俺の手を握った。
「もちろん、甘やかされるのもね? 普段は私が甘やかすけど」
そう言って、微笑んでくれた。優しく。……しかし、いつもと少しだけ違うような笑みを。
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