第32話 月雫姉とデート

 来たる土曜日。ついにこの日がやって来た。


 月雫姉とのデートである。朝から楽しむと言う事で、待ち合わせ場所は駅前。


 行く時はどうするかと聞いたところ、待ち合わせをしたいと言われた。……もしどっちでも、と言われていたら俺から待ち合わせを提案していたからありがたい。


 月雫姉達と出かける事はよくあったが、家から一緒に行く事が多かった。


 ただ、お互い早く家を出ようとしてかち合うのは良くない。……だから、起きる時間と出る時間を分ける形にした。

 月雫姉は九時には出る。だから、俺はその時間から準備をしないといけない。


 ……待ち合わせは十一時なので、月雫姉は随分早い時間に出ている。もっとゆっくりでも良いと伝えていたが、近くで時間は潰すからと説得されてしまった。


 起きてすぐに顔を洗い、歯を磨く。……そういえば、朝ごはんはどうしようか。簡単なものは月雫姉から教えてもらったし、卵焼きとトーストでも作ろうか。


 そんな事を考えながらキッチンへと向かうと……


「あ、おはよう、佳音くん」

「ん、のんちゃん。おはよ」


 そこには陽葵姉と空姉が居た。



「……おはよう。二人とも、もう起きてたんだな」

「ん。今日は二人で月雫お姉ちゃんとのんちゃんのご飯作る事にしてたから」


 俺は空姉の言葉に目を丸くした。


「そうだったんだな」

「うん。あ、でも佳音くん。今日は……帰ってくるまでは月雫と向き合う日だから。いつもみたいにはしないで良いからね?」

「……分かった」


 俺はその言葉に頷いた。


 陽葵姉に言われた通り、今日は月雫姉と向き合う日だ。それなのに、朝から他二人の姉に抱きつくのは……良くないだろう。


 そして、この朝は。陽葵姉と空姉が作ってくれた朝ごはんを食べて。俺は着替え、準備を済ませてから向かったのだった。


 ◆◆◆


 ……少し、緊張してきたな。大丈夫だろうか。俺、変じゃないだろうか。


 整髪料なんて初めて付けた。陽葵姉達は似合っていると言ってくれたが……。


 服は……大丈夫だと思う。店員の人が選んでくれたものだし、そんなに尖っていない、無難なものだ。


 あと少しで……駅に着く。俺は月雫姉に『もうすぐ着く』と送り、また歩き始めた。


 駅が見えてきた。そして……入口の近くに、小さな人影が見えた。


 その人影はそわそわしていて。その瞳が忙しなく動いて……俺の前でピタリと止まった。


 その顔がぱあっと輝いて。たったっと近づいてくる。俺も駆け寄り……



「きゃっ」


 その人影が小石につまづいた。勢いよく転びそうになり……



 俺は急ぎ。その体を受け止めた。



「だ、大丈夫か? 月雫姉」

「だ、大丈夫……ありがと、佳音」


 月雫姉に怪我がなくて良かった。


 そして、俺は月雫姉を離す。


 ……そのまま、月雫姉を見る。


 月雫姉は、上に深く青いブラウスを着け……膝丈程の真っ白なスカートを履いている。ブラウスの胸元に結ばれているリボンが可愛らしい。



「か、可愛いぞ。月雫姉」

「あ、ありがと! ……か、佳音も、すっごくかっこいい。その、髪型でも結構印象変わるんだね」

「ああ……少し不安だったが、似合ってるようで良かった」


 俺がそう言うと。月雫姉はぎゅっと手を握って――


「あ、あのね、佳音。お願いしたい事があるんだけど、良い?」

「……? なんだ? 俺に出来る事ならやるぞ」


 月雫姉はじっ、と俺を見て。


「今日――ううん。これから、二人の時は。月雫って。名前で呼んで欲しい」


 そう――言ったのだった。



 俺は一瞬、押し黙ってしまい。月雫姉は――少し不安そうにしていて。



「月雫」


 言葉にしてみると、凄く違和感があった。小さい頃から何年も……呼び捨てで呼んだ事は無かったから。



 月雫姉も同じように考えていたからか、身をぶるぶると震わせ。


「す、少し。くすぐったいかも」

「……ならやめとくか?」

「ううん、名前で呼んで」


 月雫姉は首を振り、そして。俺の手を掴んだ。



「くすぐったくなくなるまで。何回でも、呼んで」

「……分かった、月雫」


 それならば、俺も慣れなければいけない。月雫姉――これから、二人の時は月雫と、呼ぼう。


 俺の言葉に月雫はニコリと笑ったのだった。そうして、デートが始まった。


 ◆◆◆


 午前中は月雫がこの前気になっていたと言っていた服屋さんに行き、欲しがっていた服と……他にも色々と服を買ったりした。


 お昼は最近話題になっていたカフェ……真っ黒な猫がSNSでバズっていて、料理も美味しいらしいとの事でそこで過ごした。ただ、かなり混んでいてあまりゆっくりとは出来なかったが。

 SNSで見た通りかなり美味しく、値段も財布に優しかった。更に驚く事に、その店員……料理を作っているのが男女が一組居るのだが、俺と同じ歳らしく。なぜか男子の方に不思議と親近感を覚えた。



 そして、お昼を食べ終えた後は――


「ここ。少し前に出来たところだよね。行ってみたかったんだ」


 最近作られた水族館へとやって来た。


「思えば、俺もあまりこういう所に来た事が無かったからな。……水族館、苦手だったりしなかったよな?」

「うん……! 小さい頃は行った気がするけど、引っ越してからは全然行ってこなかったから。楽しみ!」


 その言葉にホッとしながらも。俺達は水族館へと入った。



「……すっごい綺麗」

「ああ。幻想的だな」


 入ってすぐの所に……大きな水槽があった。その中では、多くのクラゲが泳いでいる。


 確か、今はクラゲフェアをやっていたはすだ。他の水槽にも半透明で色鮮やかクラゲがぷかぷかと浮いている。


「……見てると癒されるね、佳音」

「ああ、そうだな」


 ぷかぷかと不規則に泳ぐクラゲは見ていて不思議と心が安らぐ。見た目も綺麗だ。


 気がつけば、クラゲフェアだけでかなり時間を使っていた。


「そろそろ次行く?」

「そうだな。そうしよう。まだまだあるからな」


 そうして……俺達は手を繋いで。歩き始める。


 亀の餌やりコーナーや、時間が丁度よくイルカショーも見る事が出来た。


「楽しいね、佳音」

「ああ……凄く」


 自然と。手を握る力がお互い強くなっていく。決して離れないように。


 そうして……最後は。



「……わあ!」

「凄い迫力だ」


 巨大なアクアリウムだ。多種多様な魚が泳いでいて、まるで自分も海の中にいるような錯覚を覚える。


 その迫力に俺達は見蕩れ……そのアクアリウムの周りを歩き、魚の説明を読む。


 近づいてきた魚とにらめっこをする月雫を見たり、目の前に来たエイを見たり。


「……少し、後ろの方でもう一度見て見ないか?」

「うん、いいよ」


 少し人も多くなってきたので、俺達は抜けて全体を見渡せる所へと行く。


 そこは……丁度、他の人が居なかった。会話を聞く人も居ないし、こちらを見る人も居ないだろう。


「月雫」

 名前を呼ぶと、こっちを見てきた。その顔はどこか緊張しているようで……期待しているようにも見える。


 誰も見ていない隙に……俺は顔を近づける。月雫姉の綺麗な顔立ちが。その真っ白で綺麗な肌と、長い睫毛がよく見える。



 俺はそのまま――唇を重ねた。


 一秒。二秒、と。柔らかい唇の感触と、甘い匂いが頭の中を侵していく。


 ずっと続けたくなる気持ちもあったが……俺は一度、離れた。


「月雫。絶対に俺が幸せにする」


 改めて。俺はそう宣言した。月雫もじっと俺を見て。


「……私も。絶対に佳音の事、幸せにするから」


 そう言ってくれた。また、自分から唇を重ねにきてくれる。


「これから先、色々あると思うけど。絶対に幸せにするからね」

「……ああ。幸せになろうな、みんなで」


 そう言って、二人で笑い合う。そのまま俺達は水族館から出て。夕焼けとなった空を背にしながら二人で並んで帰った。


 月雫とのデートは大成功……と、呼んでも良かっただろう。


 来週は空姉とのデートだ。

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