第33話 空姉とのデート
「よし、大丈夫だ」
俺は鏡でもう一度自分の体を隅々まで確認する。
空姉と出かけるのだ。変な格好は出来ない。
「うんうん、かっこいいぞ、佳音くん」
「うん。……似合ってるよ」
「ああ、ありがとう」
今日の服装は店員さんのおすすめパート2である。毎度同じ服を着るのは良くないと思い、別で用意していた。
「それじゃあ行ってくる」
「うんっ! 行ってらっしゃい、佳音くん」
「気をつけてね」
「ああ、ありがとう」
俺はそう言って。家から出たのだった。
◆◆◆
先週に比べると、幾分か緊張はしていない……とは言えない。
ちゃんと楽しませられるか、とか。また俺の格好は変ではないか、とか心配してしまう。
一度、深呼吸をして。俺は首を振った。
違う。楽しませるだけじゃなく、俺も楽しむんだ。
……こうして考える事が出来るのは、月雫姉のお陰か。
余裕が皆無な訳では無い。……そうだ。月雫姉とのデートだって、すぐ楽しめるようになったんだ。緊張する必要は無い。
……こうした考え方をしたくは無いのだが。三人が言っていたように。『慣れ』はあるのかもしれない。
それなら。また、月雫姉を誘って楽しもう。もっとエスコート出来るようになったら。
……さて。他の事を考えるのはここまでにしよう。今日は空姉との時間なのだから。
考え事をしながら歩いていたからか、すぐに駅前へと辿り着いた。
「空姉は……居た!」
もう夏休みが始まっていたので、少し人が多くなっていたが。空姉が俺を見つけてぶんぶんと手を振っているのが見えた。
「悪いな、待たせたか?」
「ううん、私もさっきカフェから来たところだから」
そう言う空姉は……ゆったりとした水色のシャツに薄手のカーディガンを羽織って。これまたふんわりとした白いスカートを履いていた。
「……か、可愛いぞ。空姉」
そう言うと。空姉は少し頬を赤く染めて。はにかみながら微笑んだ。
「ん、ありがと。のんちゃんもかっこいいよ、すっごく」
空姉はそう言って俺の頬に触れて目を合わせてきた。
空姉の端正な顔立ちがすぐ目の前に。そして……柔らかく微笑まれたからだ、
空姉はそんな俺を見て楽しそうに笑ったあと……手を取ってきた。
「ふふ。それじゃあ行こ、のんちゃん」
しっかりと指を絡ませて。俺はその言葉に頷いた。
「ああ、そうだな。行こう」
俺もぎゅっと手を握り返しながら。そう言った。
「あ、そうだ。のんちゃん」
……駅に入る直前で。空姉が声をかけてきた。
「……? どうした?」
「これから二人で居る時は『空』って、名前で呼んで」
どこかで聞いたようなその言葉。俺は思わず微笑みながら……。
「分かった、空」
「ん♪ありがと、のんちゃん」
そうして改めて。俺達はデートを始めたのだった。
◆◆◆
今日は移動し、お昼を食べてから目的地へと向かった。その場所は――
動物園だ。
「……のんちゃん、私が動物好きなの知ってたの?」
目的地へ着いた時。
「いや。ただ、散歩している犬とか居るとじっと見てただろ? 好きなのかなって思ってな」
俺の言葉にこくこくと空姉は頷いた。それにホッとしながら。動物園へと入る。
「……動物園。いつぶりだろう」
「昔、幼稚園の遠足で一度行かなかったか?」
「あ、そういえば。一回行ったね」
そうして昔話をしながら色々見ていると……空の視線がとある場所で固定された。
「……! のんちゃん! あれ、あれやりたい!」
その視線の先にあったのは。うさぎの触れ合いコーナーだ。
「ああ、分かった。やろう」
俺は頷き、そこへと向かう。すると、飼育員さんが声をかけてきた。
「カップルさんですか? 今、うさぎちゃん達のご飯の時間なんですよ。良かったらあげてみませんか?」
その言葉に空の目が更に輝き、こくこくと頷いた。
「はい、お願いします」
「ありがとうございます! ……ああ、お金は大丈夫ですからね。サービスでやってますから」
おお……凄いな。こういうのは普通取られる物だと思っていたが。
俺達は飼育員さんから人参などのスティック野菜や、細かくしたキャベツを受け取り。うさぎがたくさんいる敷地へと扉から入る。
そこには……多くの子連れの親や、女子高生達。それと、俺達のような男女と……
たくさんのうさぎが居た。
「か、可愛い」
空はその光景に目を輝かせる。俺も微笑み。まずは近くにいたうさぎへと近づいた。
人に慣れているのだろう。そのうさぎはぴょんぴょんと俺達へと近づいてくる。空はしゃがみ……おずおずと人参を手に持った。
それにうさぎはがぶりと噛みつき。もっもっ、と食べ始める。
「……持ち帰りたい」
その言葉に俺は苦笑しながら。俺の方に近づいてきた茶色のうさぎへと人参を渡す。
「……可愛いな、本当に」
「ね、可愛い……すっごく」
そうしてご飯をあげて。飼育員さんから許可を貰ってふわふわな毛を撫でたりした後に、俺達は出た。
「すっごい満足」
「ああ、楽しかったな」
その後も俺達は動物園を回る。
空はハシビロコウとどっちが目を逸らすか勝負をしたり……最近生まれたらしいライオンの赤ちゃんを見て癒されたりと、動物園を満喫した。
◆◆◆
動物園から出た後。俺達は、前来た所とは別のカフェにきた。……さすがに同じカフェに行くのもな、と思ったから。あそこはまた今度来よう。
そこで俺達はパンケーキを食べて。……おしゃべりをして。
その後は空の要望で帽子を買いに行った。これから夏本番という事もあったから。
そうしていると……すぐに時間は過ぎていき。
「なあ、空。行きたい所があるんだが。良いか?」
「ん。いいよ、もちろん」
目的地まで俺達は歩き続ける。ゆっくりと。
「……こうやって、のんちゃんと一緒に歩くの。新鮮」
「そうだな。二人きりと言うのは時々あったが……外で横に並んで歩く、と言うのはな」
その時間を噛み締めるように。俺達は歩き続ける。
その手の暖かさを。耳に響く空の声を聴きながら。
「……そろそろだな」
「……? そうなの?」
俺達は少し坂になっている所を歩いていた。日もどんどん傾いている。
それから数分ほど歩いてたどり着いたのは……小さな公園。
「時間も丁度いいな。空、見てくれ」
俺は空の手を引いて。その公園の端へと行く。……そこは。
「わあ!」
街を一望できる場所なのだ。道行く人達や車。そこに夕日が映え。
「すっごい、綺麗」
「ああ、本当に。綺麗だ」
とても、綺麗なのだ。
「学校でこの事を話しているのを聞いてな。あまり人も来ない穴場らしいんだ」
「そう、だったんだ」
そのまま俺達はしばらくの間、その光景を見て。
「空」
名前を呼ぶと、空は俺を見た。優しく、綺麗な顔で。
そして。何かを悟ったように、目を閉じた。俺はその顔に顔を寄せ……。
唇を重ねた。
ふんわりと、優しく押し付ける程度に。
数秒程して、俺は顔を離した。すると。
「ん」
今度は空が唇を押し付けてきた。そのまま俺は背中を抱きしめられ。
にゅるりと。口の中に何かが侵入してきた。
「!?」
「んぅ」
一瞬遅れてそれが舌だと気づく。呆気に取られる俺の口の中へと。どんどん舌が入り込んできて。
歯の根元から。口蓋をなぞられ、舌を絡ませられる。
……何分、経っただろうか。やっと、空は俺から口を離し……お互いの唇に銀色の橋が架かった。
「……空」
「ん。今日でスタンプ、五十個目だったから」
その言葉に俺は思い出した。
……今まで、筋トレをしていく中で筋肉を休ませながらやった方が良いと休息日を設けたりしたが。そうだ。確かに昨日で五十個溜まっていた。
「だから、ご褒美。それと……」
空はニヤリと笑った。
「私だけじゃなくて。のんちゃんの記憶にも残したかったから」
「……ああ。忘れられないだろうな」
普通のキスですら慣れないと言うのに。……いきなりのディープキスは心臓に悪い。
……もちろん嫌では無いのだが。というか……その。嬉しいのだが。
「ふふ。そっちの始めても近いうちに、ね」
空はそう言って俺の体に指を這わせた。それに俺はゾクゾクとしながら……とりあえず、一つ咳払いをした。
「そ、そのだな。先に言っておきたい事があるんだ。良いか?」
「ん」
空が頷いてくれたので俺は続ける。
「これから。色々な事があるはずだ。何があるのかは俺にも分からない。……だが、これだけは約束する」
改めて、空の目を見て。
「絶対に幸せにする」
そう言えば――空は微笑んで。
「うん、幸せになる。でも、私ものんちゃんを幸せにする」
そう言ってくれた。
「ああ。これからもよろしくな。……スタンプカードも」
「うん! ……百回溜まったら、凄いご褒美をあげるからね」
空は舌をちろりと覗かせながらそう言った。俺はそれに笑いながら。
「ああ、楽しみにしてる」
と返したのだった。
最後に伝えたい事も伝えられた。無事、空とのデートも終える事が出来た。
最後は――陽葵姉とだ。
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