第34話 陽葵姉とデート

「髪よし、服装よし。荷物も……よし」


 姿見で体を確認し。最後に荷物の確認をする。


「よし、それじゃあ行ってくる」

「ん。行ってらっしゃい」

「車には気をつけてね。それと――」


 月雫姉はニコリと笑う。


「楽しんできてね。陽葵姉にも負けないくらい」

「ああ。楽しんでくるよ。ありがとう」


 そうして、俺は家を出る。待ち合わせ場所は同じだ。駅は何かと交通の便が良いから。


 しかし当然、目的地は二人の時と別だ。


 俺は少し緊張で高鳴る胸を押さえながら。駅へと向かった。


 ◆◆◆


「……陽葵姉、だよな」


 駅前に着いた。……着いたは良いのだが。



 陽葵姉が数人の男に話しかけられている。……ナンパ、だろうか。話では聞くが、実際に見るのは初めてだ。


 ……助けに行かないと。


 俺はその人達へと近づく。陽葵姉は俺に気づいたようで、顔を輝かせた。


「すみません。彼女、自分と遊ぶ約束をしてるんです」

「ああん? ……チッ。男連れかよ」


 運のいい事に……その人達はすぐにどこかへ去っていった。


 暴力沙汰にならなくて良かったとホッとしていると。不意に肩に暖かい感覚があった。


「ありがとう、佳音くん。あの人達しつこくって。全然話を聞いてくれなかったんだ」

「いや……陽葵姉こそ怪我とか。どこか触られたとか無いか?」

「ふふ。大丈夫。誰にも体を触らせたりしないよ。私の体に触っていいのは……佳音くんだけだもん」


 陽葵姉の言葉に心臓が跳ねながら。俺は周りに見られている事に気がついた。


「ひ、陽葵姉……み、見られてるから。少し離れて」

「あ、ほんとだね……えへへ」


 陽葵姉はそう言って笑いながらも離れてくれる。



 陽葵姉の服装は――明るい、太陽の色をしたワンピースだ。そして、帽子を被っている。


「……か、可愛いぞ。陽葵姉」

「……ありがと、佳音くんもすっごくかっこいいぞっ!」

「あ、ありがとう」


 そうして……俺達は手を繋ぐ。


「それじゃあ行こう、陽葵姉」

「うんっ! えへへ。楽しみだな」


 そう言って微笑む陽葵姉はとても可愛らしく……俺は手を握る力を少しだけ強くしてしまった。


 ◆◆◆


 電車に揺られながら陽葵姉と話していると。ふと疑問に思った。


 月雫姉と空姉は本人の希望もあって、名前を呼び捨てで呼んでいたが。陽葵姉は呼び捨てではない。頼まれていないから、と言うのが一番なのだが。


 ……確かに二人に比べると『姉』という感覚が強いが。それで良いのだろうか。



「……? どうしたの? 佳音くん」


 そうして――俺はそんな事を考えていたからか。



「いや、なんでもない。陽葵」



 ――そう、呼んでしまった。


 陽葵姉はキョトンとした顔をして……そして。



 ぼっと顔を赤くした。


「か、佳音くんに呼び捨てにされるの、結構破壊力あるね」


 その言葉に俺は少し悩みながらも……改めて口を開いた。


「……今日はそう呼んでも、良いか?」


 俺がそう聞くと……陽葵姉はにこりと笑いながら。頷いた。


「うん! もちろん!」


 その言葉に俺は微笑み返し。陽葵姉――陽葵とまた、話し始めたのだった。


 ◆◆◆


「……佳音くん」

 目的地に着いて。陽葵はじっと俺を見てきていた。一瞬選択を間違えたのかと不安になったが……その心配は杞憂だったとすぐに分かった。



 陽葵はそのまま俺に抱きついて。


「佳音くんと遊園地に来るの、夢だったんだ」


 そう、言ってくれた。


「そうか……それなら良かった」

 そのまま俺も陽葵を抱きしめ返す。……人目もあるので、程々にして離れる。


「それじゃあ今日は楽しもうな」

「うん!」


 そうして、俺達は遊園地へと入ったのだった。


 ◆◆◆


「良かった! 佳音くん絶叫系とか大丈夫な人で」

「ああ……初めて乗ってみたが、結構楽しかったな」


 色々なアトラクションがあったが。俺達は今まで乗ったことの無いアトラクションに乗ろうとジェットコースターなどに乗った。……どちらかが無理そうならすぐ辞める、となっていたのだが。


 二人でハマってしまい、園内にあった絶叫系のアトラクションに乗りまくったのだ。


 ……ちなみに、空姉や月雫姉はテレビでこうしたものを見るだけでも身震いするので無理だと思う。



 お昼は園内にあるレストランで食べ、お昼はまた別のアトラクションに乗る。


 その後は……二人で皆のお土産を選んだ。


「あ、これ空のお土産に良いんじゃない?」

 そう言って陽葵が見せてきたのは……この遊園地のマスコットである猫のぬいぐるみだ。

「ああ……空姉が好きそうだ」


 空姉が可愛い動物が好きなのも分かったし、陽葵の言う所だと昔からぬいぐるみとか好きだったらしい。……それは初耳だった。


「あ、こっちは月雫のお土産にしよっと。……えへへ。こうやって選ぶのも楽しいね」

「そうだな。……二人で選ぶのも楽しい」


 こういう所でもちゃんと妹達の事を考えるのは陽葵らしい。


「……陽葵は何か、欲しいのとか無いのか?」

「え? 私?」


 陽葵はきょとんとした顔でそう言った。



「ああ。折角なんだ。……無いか?」

 俺がそう聞くと。陽葵は少し悩んだ様子で店内を見渡して。



「あっ」

 と声を漏らした。


 陽葵はある場所へと駆け寄る。俺もそこへ行くと……。


 そこは、猫耳やら犬耳やらのカチューシャが置かれている所だった。


「ね、ねえ、佳音くん」

 そのまま陽葵は二つのカチューシャを取り。


「い、一緒にこれ買って。写真、撮らない?」


 少し緊張したような表情。俺はそんな彼女に微笑み、頷いた。


「ああ、もちろん良いぞ」

 と。


 そのまま商品を買って、外へ出る。そのまま二人でカチューシャを付け……写真を撮った。


 周りに生暖かい目で見られて少し居心地が悪かったが。陽葵が楽しそうだったし……俺も楽しかった。


 ◆◆◆


「あー、いっぱい遊んだね。……そろそろ帰るの?」

「あと一箇所。寄りたい所があるんだが、良いか?」


 俺は陽葵から許可を貰い。……最後のアトラクションへと向かう。



 その場所は――観覧車だ。


 ◆◆◆


「良かったね、まだ空いてる時間で。私達の後ろからすっごい並んでたもんね」

「ああ、運が良かった」


 俺達は観覧車へと乗った。俺は陽葵の向かいではなく、隣へと座った。


「今日、楽しんでくれたか?」

「うん! すっごい楽しかったよ!」


 とても良い笑顔で。そう言ってくれた。

「佳音くんはどうだった? 楽しかった?」

「ああ、凄く。……凄く楽しかった」


 俺の言葉に陽葵はにこにことした笑顔を見せてくれる。


 ……そして。そのまま俺達は視線を交わす。

「佳音くん」「陽葵」


 名前をよぶタイミングが重なった。その事にまた俺達は笑い合い。


 俺は。陽葵の顔に顔を寄せ……そして。




 キスをした。



 周りの目は気にしない。……長く、深いキスを。



 観覧車が丁度一番上に来た辺りで……離れた、


「佳音くん」


 陽葵は……泣いていた。泣きながら、笑っていた。


「私ね。幸せ。すっごい幸せなんだ。……今までにないくらい、すっごい幸せで……それでね、佳音くん」


 そのまま陽葵は俺に抱きついてきた。


「この幸せがいつか壊れるんじゃないか、少しだけ怖いんだ」


 俺は陽葵を抱きしめ返し……その頭を撫でる。


「絶対に。そんな事はさせない。……幸せにする。今よりもっと、そんな事を考えられなくなるくらい……幸せにする」


 陽葵がいつもしてくれていたように。強く抱きしめ、優しく頭を撫でる。


「……ありがとう、佳音くん。私も……絶対、絶対に幸せにするからね」


 陽葵が少し離れ……それでも顔はすぐ目の前にあるのだが。



 そのまま俺の目をじっと見て、そう言った。


「ああ、幸せになろう。……皆で」

「うん! ……大好きだよ、佳音くん」


 そのまま陽葵が優しく口付けをしてくる。それを受け入れ……そのまま二人でくっついていると。


 すぐに、観覧車の時間は終わってしまったのだった。



「帰ろっか、佳音くん」

 少しだけ寂しそうに。陽葵は言った。


「ああ。……また、来ような」


 これからはもっと四人で居る事が多くなるはずだが。二人の時間というのも大切にしたい。


「……佳音くんのそういう所、大好きだよ」

「陽葵達に好かれる自分で居られるよう頑張るよ」


 俺達は笑い合い。手を繋いで帰り道を歩く。



 行く時よりもっと、陽葵との距離は近づいているような。そんな気がした。……多分、気のせいじゃないはずだ。

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