第27話 和解

「相談……なんだい? 言ってごらん」


 父さんの言葉に……俺は頷いた。


「これは今俺が考えた事で、色々と……浅い考えなのかもしれない。でも……聞いて欲しい」

 そう前置いて。俺は話し始める。


「母さんと。条件付きで、一ヶ月に一度会えるようにしたい」


 その言葉に――父さんは目を丸くして。母さんは慌てて首を振った。


「だ、ダメよ、佳音。佳音は今日で私の事は……全部、吹っ切らないと」

「……俺も、最初はそう思っていた。でも母さんは……母さんだった」

「……佳音。その『条件』ってなんだい?」


 俺は父さんの言葉に頷き。乾いた唇を舌で舐めて、二人を改めて見た。


「お酒を飲まない。これが条件だ」


 俺が言うと……今度は母さんが驚いた顔をした。


「……母さん。俺は母さんにも幸せになって欲しい。お酒に溺れ続ける母さんの姿は……もう、見たくないから」


 母さんと会って。改めて思った。


 何があっても、俺は母さんの事を嫌いになれないだろう。どれだけ怖い、恐ろしいと思っても。


 それは父さんに関しても同じだろう。……そして、暁さん――今の母さんに対しても。


「……母さんの仕事の愚痴とかがあればその時にいくらでも聞く。その代わり、俺は学校で楽しかった事とか。今までの事とかを話したい。……それで、母さんの気が少しでも休まれば良いなって俺は思うんだ。……どう、かな」


 話を聞いていると。母さんはストレスの捌け口がどこにも無く……そうなってしまっているような気がする。


 それなら。俺が母さんの話を聞いて……出来る限り。母さんを楽にさせてあげたい。


 そう思って言い、母さんを見た次の瞬間。




 俺は……抱きしめられていた。




「……ぁ」



 懐かしい、安心する匂い。昔も今もそこは変わらないんだと思いながら。


「……本当に……私が産んだと思えないくらい、優しい子に育ってくれたんだね」

「……かあ、さん」



 あの頃からずっと。追い求めていた温もり。


 もちろん、中学に上がって少しして。陽葵姉達が母さんの代わりに色々と甘やかしてくれた。


 それとは違う……温もり。どっちが良いとかそういうのでは無くて。


 とにかく……嬉しかった。



 でも――


「本当に……ありがとう、佳音。でも、良いのよ。私の――お母さんの事はもう、気にしなくて」


 母さんはそう言った。分かってる。一度会えたのだから。それでも良いと。


 だけど。母さんが本気で俺を嫌っている訳では無いと。知ってしまった以上、何かしたい。


 そう考えていると――父さんが口を開いた。



「……お父さんは悪くない、と思うぞ」

 その言葉に俺が、母さんが驚いた。一度母さんから離れて。父さんを見る。


「もちろん、そんなに簡単な事では無い。それは分かっている。真奈美さんが嘘をつかないか、とか。でも、それはお父さんや真奈美さんの友達が確認に行けば良い」

「で、でも……私は。佳音を傷つけて……」

「ああ、そうだ。過去は変わらない。決して」



 父さんはニコリと笑って。俺の頭に手を置いた。


「でもね、真奈美さん。この子にとって、真奈美さんはお母さんなんだ。これから先、何があっても。佳音から……子供から親に歩み寄りたいと思ってくれている。それなら……誠実に。こちらからも歩み寄ればいいんじゃないかと思うんだ」


 父さんの言葉に俺はこくこくと頷いた。


「そうだよ、母さん。今までは……色々な事があったけど。これからがあるんだよ。俺、これからも色々と悩む時が来るだろうし。……陽葵姉と月雫姉、空姉の事もちゃんと。母さんに紹介したいんだ」


 今も。陽葵姉達は母さんを怒っているだろう。でも、俺が間に立って、ちゃんと説明をすれば。大丈夫なんじゃないか。……少なくとも、誤解は解けるだろう。



 ずっとすれ違ったままなのは……良くないから。


「……いい、のかしら。私は……これから、独りで寂しく生きるのが。自分の罰になるんじゃないかって」

「母さんがそうやって生きるのは俺が嫌だ。……母さんが俺に、幸せに生きて欲しいと思ってくれてるように。俺も母さん達に幸せに生きて欲しいって願ってるから」


 その思いの丈を。全てぶつける。



「だから、その手伝いをしたい。俺も、母さんと会えて。話せて嬉しいんだから」

「佳音……」


 母さんは涙ぐんだ表情で。俺を見た。


 後はもう、母さんからの返事を待つのみとなった。



 場に沈黙が訪れる。……一分程して。母さんはやっと、口を開いた。


「……私からも。お願いします。佳音とまた会いたい、です」


 涙を流しながら。そう、言ってくれた。



 それから、色々と取り決めを行った。


 まず、母さんと会う事について。これは母さんが今の母さん……暁さんと、陽葵姉。月雫姉と空姉に会って、謝罪をする。そして、四人から許可が降りれば俺は母さんと月に一度。会う事が出来る。


 陽葵姉達と会う時は俺も着いていこうと思ったが……母さんが止めた。


「佳音が居ると、きっと皆許そうって気持ちが前に出るはずだから。ちゃんと、私が話したい」


 ……と。俺と父さんはその言葉に了承したのだった。


 そして……。


「最後に、良いか。母さん」

「ええ、もちろん。なんでも言って」


 俺の言葉に。母さんは優しく微笑んだ。俺も微笑み返し……



「俺を産んでくれて。ありがとう。育ててくれて、ありがとう。あの時の事は置いておいて。それまで俺はずっと、幸せだった。今日はその事を伝えたかったんだ」



 俺がそう言うと。また、母さんの瞳が滲んだ。


「……私こそ。産まれてきてくれてありがとう。佳音。本当に……いつも、私の心の支えになってくれて。ありがとう」


 そのまままた母さんからハグをされた。


「陽葵ちゃん達と仲良くするのよ……って言っても佳音なら大丈夫よね。困った時は人を頼るのよ。私みたいに一人で溜め込むのは絶対にダメだからね」

「ああ……大丈夫だ。分かってるよ、母さん。母さんもだぞ。……ちゃんと、陽葵姉達から許可を貰ってから。俺を頼って欲しい」

「……ええ、そうね。その時は頼っちゃおうかしら」


 母さんはクスリと笑い。俺を離した。


「それじゃあ、佳音も家で待っている人が居るだろうし。そろそろお開きにしましょうか」

「……そう、だな」

「ああ、そうしようか」


 俺は父さんの隣に立ち。母さんを見た。


「会えて良かったよ、母さん。……そうじゃなければ。俺はずっと母さんの事を引きずって。怖いと思っていたはずだ」

「……私も、会えて良かった。佳音が良かったって思ってくれたなら私も嬉しいわ」

「……そうだね。佳音が喜んでくれたのなら。本当に良かったと思うよ」


 そう話しながら、俺達は公園を出た。


「それじゃあね、佳音。体に気をつけるのよ」

「ああ、母さんも気をつけて」

「ふふ、ありがとう」


 母さんは微笑みながらそう言った。



「暁さん達には私から話をしておく。日程はまた追々連絡するよ」

「……ありがとう、卓也さん」

「それじゃあ母さん、またね」


 俺が母さんに手を振ると、手を振り返してくれた。



 そのまま俺と父さんは歩き出す。交差点を曲がる前にもう一度見ると。母さんは俺達を見て、手を振ってくれていた。


 最後にまた手を振り返し、俺は交差点を曲がった。





 もう、母さんが見えなくなった瞬間。俺は膝から崩れ落ちた。


「……佳音!?」

「……あれ? 俺、なん……で」


 上手く足に力が入らない。どうしてか、視界が滲んできた。


「ち、違うぞ? 父さん、お、俺。母さんに会えて。嬉しかったんだぞ?」

「……分かってるよ、佳音」


 父さんはそのまま……俺を抱きしめてくれた。


「分かってる。佳音か本当に嬉しかった事ぐらい、見ていれば分かる。佳音は少し頑張りすぎただけだよ」

「頑張り……すぎた?」

「ああ。佳音は本当に……すごく頑張っていた。お父さんも見ていて思ったよ。本当に、偉いよ。佳音」


 そのまま俺は父さんに動かされ……壁にもたれかかった。


「少しだけ、休んでから行こうか。……ああ、そうだ。今日は皆と美味しいご飯でも食べに行こう。これからは楽しい事に溢れてるぞ? 佳音」


 俺は涙を流しながらも。父さんの言葉に笑いながら頷いた。


「帰ったら陽葵ちゃん達といっぱい遊んだら良い。……もう、佳音はただ。楽しむだけで良いんだからね」


 そうして、俺がちゃんと歩けるようになるまで。父さんは楽しい話をたくさんしてくれたのだった。

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