第9話 お風呂

 また教室に人が集まっていた。気分は見世物である。


 ……まあ。いくら朝とは言えどもさすがに三人とも居る訳では無い。二人とも教室の階層が違うし。


「ん……独り占め」

「……空姉? その、だな。少し距離がおかしくないか?」


 空姉は俺の椅子に半分。ちょこんと座っている。……そのせいで俺との距離がかなり近い。


「もう、甘えんぼさんなんだから」

 そう言って空姉は俺の頭を自身の胸へと置いた。


「ちがっ……」

「ふふ、良いんだよ? 今は私しかお姉ちゃんが居ないんだから」

「もがっ」


 空姉に頭を撫でられる。空姉にさらるのは……こう、ムズムズする。陽葵姉や月雫姉はまだ歳上だから分かるのだが。


 一応は同学年の女子なのだ。


 ……まあ、空姉が楽しそうなら。と思った瞬間。俺は思い出した。


 ここ、学校である。当然周りからの視線もある。


「なっ……あいつ、あんな気持ちよさそうに。……見せつけやがって!」

「なあ、俺。来世に向けて徳を積む事にするよ」

「空ちゃんかわいい〜! あんな表情もするんだ〜!」


 そんな言葉が聞こえる。一瞬、無視してもう何もかも忘れて甘えようかとか考えてしまった。どうにか思考を引き戻す。


「そ、空姉。みんな見てるから……」

「……? もっと見せつける?」

「そうじゃなくて! ほら、そろそろホームルームも始まるし。戻らない?」

「むぅ……今日はこっちで授業受けるもん」

「ワガママ言わないでくれ。ほら、もう鐘鳴るぞ」


 本当はあと二、三分ほど猶予はあるのだが。空姉は俺を見て、渋々頷いた。



 だが。すぐにニコリと笑って。

「じゃあ今日は久しぶりに一緒にお風呂に入ろ」

「……へ?」

「それじゃあね、またお昼に」


 空姉の言葉をちゃんと頭で理解する頃には。もう空姉の姿は見えなくなっていた。


 ◆◆◆


「……まさかな」

 浴場に入り、頭を洗っているとふと、その事を思い出した。


 いくら空姉でもそんな事はしないはずだ。……と自分を納得させていたら。


 扉が開かれる音がした。


「……一緒にお風呂入ろ」


 思わずシャワーを取り落とした。


「ちょ、ちょっと。大丈夫?」


 ……へ?


「もう、佳音くんってばおっちょこちょいなんだから」


 少し冷たそうな声だが……その中にはどこか暖かさがある。そして、後から聞こえてきた声は暖かく。心を包み込んでくるような声。当然、それだけで誰なのか分かった。


「……ひ、陽葵姉? 月雫姉? なんで二人も?」

「何よ。居ちゃ悪いの?」

「ふふ。空ばっかりずるいなって。私達も入りに来ちゃった」


 その言葉と共に。俺の頭にシャワーが宛てがわれた。


「い、いや。三人とも。こういうのは……」

「もう、男なら覚悟決める! じゃないとぎゅってしちゃうよ!」

 陽葵姉の言葉に口を噤む。


 ……まずい。今それをされると。無防備なのだ。すぐに反応してしまう。


「あ、恥ずかしいならタオル巻いてあげよっか? ちゃんと持ってきてるよ」

「じ、自分でやるから。……見てないよな?」


 現在、顔がシャンプー塗れなので目を開けられない。俺が聞くも。……返事は返ってこなかった。



「……陽葵姉? 月雫姉? 空姉?」

「は、はい! これ! タオル!」

「べ、べべべ別に見てないし? ガン見してないけど!?」

「……ご立派様でした」

「空姉!?」


 見た事を隠そうともしない空姉へと叫びながら。俺は陽葵姉からタオルを受け取る。


「え、えへへ……それじゃ、頭洗っちゃうね」

「…………ああ。頼む」

「じゃあ私は空の頭洗ってあげる」

「ん」


 という事で。結局、皆でお風呂に入る事になった。……のだが。


 怖い。もし三人が全裸ならどうしよう。


「あ、ちゃんと私達はバスタオル巻いてるから。ね?」

 むにゅりと。背中に柔らかい感覚が。た、確かに布越しではあるが。


「ひ、陽葵姉。……あんまりそういうのは」

「えへへ。こっちの方がわかりやすいかなって。はい、佳音くん。洗い終わったよ」


 ……そして。その後、陽葵姉の頭を洗ったり、背中を流したりとした。俺は目を瞑りながら、だが。


「……でも。佳音くんは見られてばっかりで……ちょっと私達がずるいよね。三人の裸……見る?」

 とか言ってきた時はやばかった。思わず頷きかけた。


 どうにか鋼の精神で耐え切り、ここである問題に直結した。


 四人だと湯船に入り切らないのだ。


 しかし、そこは考えていたらしく。俺と空姉が先に入る事となっていた。


 本来、タオルを湯船に入れるのはマナー違反なのだが。そこは家族という事で目を瞑り。


「でもでも、佳音くんって女の子と話してると思ってたんだけど。無かったんだね」

「……女子と話すのはどうしても緊張するんだ」


 今は学校の話となっている。


「……でも、その割には私達とは普通に話すじゃない。女の子として接してないの?」

「そんなはずあるか。……いや、まあ。最初は緊張していたが。――どうして、だろうな」


 思えば。三人とはすぐに打ち解けたような気がする。おかしい。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らし……緊張しないはずがないのに。いや、緊張しないと言えば語弊はあるのだが。


「ふーん。そっか。……そっか」


 しかし――俺の言葉に月雫姉は嬉しそうにしていた。陽葵姉と空姉もニコニコとしている。


 なんとなくやりにくい。他に話題は無いかと脳内を探る。



 ああ、そうだ。


「前から疑問に思っていたんだが。空姉だけ俺の事を名前で呼ばないよな。なんでなん……だ?」


 ――そう聞いてしまえば。浴場の空気がガラリと変わった。


 思わず冷や汗が流れる。良くない事を聞いてしまったのかと。


 そんな俺を――空姉がじっと見つめていた。

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