おまけその一 虹

「うっ……くく」

 酷く肩が凝る。やはりデスクワークは体に悪い。


 リモートワークな分、伸びやストレッチがしやすいのでまだ良いのだが。


 そうして伸びをしていると……小さな人影が膝にぴょんと飛び乗ってきた。

「パパー? またかたこってるのー?」

「うおっ。……ああ、にじ。入ってたんだな」


 俺の膝の上に居たのは、栗色の髪と瞳の可愛らしい女の子。……それはもう、物凄く。この世で一番可愛い存在。……俺と陽葵の子供のにじであった。


「そー! パパとあそびたかったから!」

「……パパ、まだお仕事に時間かかりそうだぞ? お外で水音の所の――美夏ちゃんとか、未来の所の未零ちゃん達と遊んできても良いんだぞ?」

「うー! みかちゃんたちともあそびたいけど、パパともあそびたい!」

「うっ……」


 なんだ。なんなんだこの可愛い生物は。本当に俺の子供なのか。


「よしよし、分かった。すぐに仕事を終わらせてくるからお母さんと遊んでおいで」

「はーい! ……あ! ちがうよ! わたし、パパのかたもみもみしにきたんだよ!」


 ぴょんと飛び降りたにも関わらず、またよじよじと膝の上へと登ってきた。そして。


「えへー」

 可愛らしくそう笑うのだ。何この子うちの子にしたい。うちの子だったわ。


「……ああ、じゃあ頼もうかな」

「わーい!」

 一度虹を持ち上げ、椅子に座らせて。俺は床に座った。


 すると、虹はとんとんと優しく肩を叩いてくれる。


「きもちいーい? パパ?」

「ああ。すっごく気持ちいいよ」


 その可愛らしく優しい手の感覚に微笑んでいると。扉がガチャリと開いた。


「あ、虹。やっぱりパパの所に居たんだね」

「ママ!」

 そこに居たのは虹と同じで栗色の髪と瞳をした可愛く……美しい人。


 俺の奥さんである陽葵だ。


「少し仕事に疲れてきてな。虹に癒されてたんだ」

「そー! わたしがいやしてたの!」


 虹はそう言ってふんすと胸を張った。可愛い。


「そうなの? 偉いね、虹は」

「そー! えらいのです! もっとほめるのです!」


 陽葵がそう言って虹の頭を撫でるとえへへと笑った。可愛い。天使かな。このまま自己肯定感の高い子に育ってくれ。


「本当に虹は可愛いね。うりうり」

「えへへー!」


 そうしてたっぷりとじゃれていると……また扉が開いた。


「ん。やっぱりここに居た」

「そらおねーちゃん!」


 真っ白な髪を背中まで伸ばし。目鼻立ちの整ったその容姿はどこか儚く。美しさがある。


 空。……表では言えないが。俺の二人目の奥さんだ。


「ん。虹は今日も可愛いね」

 空は近づいてきて虹の頭をわしゃわしゃと撫でた。虹はまたえへへと笑っている。可愛いの極みだ。


 そうしていると……こっそり。陽葵が俺にもたれかかってきていた。


 これは……自分も撫でて欲しいという合図だ。俺は甘えてくる陽葵の頭を優しく撫でる。


「あー、ママずるい!」

 その言葉に俺と陽葵はビクリと跳ねた。


「わたしもパパになでられたい!」

「……虹は私が撫でるのじゃ不満?」

「ううん! そらおねーちゃんになでられるのもすき! パパとママになでられるのもすき! あ、ぎゅってするのもすき!」


 その言葉にほっこりとしながら。俺は手招きをした。


「おいで、虹。……空も」

「わーい!」

「わーい」


 虹は俺に飛びついて。……続いて、空も俺のところに来て。


 そのまま俺は……三人をぎゅっと抱きしめた。真ん中の虹が陽葵と空の胸で押し潰されそうだが。……柔らかいし、楽しそうにしてるから大丈夫だろう。


「えへへー!」


 そのまま俺は三人を撫でながら。……ふと、思い出した。


「そういえば月雫はどうしたんだ?」

 俺がそう聞くと。陽葵と空があっと声を漏らした。


「そうだった。私、月雫お姉ちゃんに言われて――」

 その時。扉がばたんと開いた。


「空? 呼んでって言ったけど遅くな……い?」


 そこに居たのは……少し背の低い、黒髪の女性。……エプロンを着けていて。しかし、胸は凄く大きく主張している。


 月雫。……こちらも大きな声では言えないが、俺の奥さんだ。


「……空? 陽葵姉まで。何してるのかな?」

「あ、あはは」

「のんちゃん達が楽しそうだったからつい……」


 空達の言葉に月雫はむくれ。


「わ、私も混ぜてよ!」

 そう言って、俺達に抱きついてきたのだった。



 ……時間的に、お昼ご飯だったのだろう。ご飯が冷めない程度に四人と戯れて。俺達はリビングへと向かった。


 ◆◆◆


「えへへー。パパもママもだいすき!」

「ああ。俺も大好きだぞ、虹」

「うんっ! 私も大好きだよっ!」

「んふふー。そらおねーちゃんもるなおねーちゃんもだいすき!」

「ん。私も大好きだよ?」

「うん、私も。大好きだよ」


 虹は甘えん坊だ。よく俺達に抱きついてくる。夜寝る時なんかはずっと俺や陽葵に抱きついているし。今のように唐突に好き好き攻撃が始まったりする。


「パパはママのことすきー?」

「ああ。……だから結婚式してるんだよ」

「じゃあさじゃあさ。どうしてパパはるなおねーちゃんとそらおねーちゃんとけっこんしてないのー?」


 唐突なその質問に。俺達は固まった。


「だって。パパ、るなおねーちゃんとそらおねーちゃんのことだいすきでしょー? るなおねーちゃんもそれおねーちゃんもパパのことだいすきだし!」


 虹のその言葉に……陽葵がにこりと笑いかけながら答える。


「それはね。法律っていう日本のルールで決められてるからだよ」

「なんでなんで? ママがいっぱいいるほうがたのしいよ?」


 そう言ってくれる虹に俺は嬉しくなりながら。その頭を撫でる。


「世の中には色んな人が居るんだよ。……子供を、人を養うのってたくさんのお金が必要なんだ。パパ達は虹を育てるためにたくさん色んな勉強をして、いっぱい働いた。でも、そうじゃない人も……出来ない人もたくさんいる」


 虹は小さいながらも、俺の言葉を理解しようとじっと耳を傾けていた。


「そんな子供一人を育てるのでいっぱいいっぱいなのに、どんどん新しいママを呼んで。たくさん子供が産まれたら生活できなくなってしまうんだよ。そうならないよう、法律が守ってくれているんだ」

「そーだったんだ!」


 ……当然、他にも理由はたくさんあるだろうが。それはまた今度で良いだろう。


「でも……そうだね。いつか、月雫や空も……ママになったら良いね」

「うん! そしたらもっとたのしくなるもん!」

 笑顔で頷く虹を。今度は月雫と空が優しく撫でた。


 その顔はとても優しく微笑んでいて……思わず俺まで笑顔になってしまった。


 ◆◆◆


 お昼を食べた後は虹のお昼寝の時間となる。うとうととし始める虹をベッドへ連れていき。ぎゅっと抱きついてきた虹の背中を優しくとんとん叩く。

 そうしていると……五分も経たないうちに、虹は眠った。


 すやすやと、心地良さそうに眠っている。そのさらさらの髪の毛を梳くように撫でると、くすぐったそうに身を捩った。……でも、虹は一度眠るとそう簡単には起きない。


「……ねえ、佳音くん」

 そんな虹を見て微笑んでいると。陽葵に名前を呼ばれた。


「なん――」


 陽葵の事を見た瞬間……陽葵に口付けをされていた。



「佳音くん。私ね、虹が生まれてから。……もっと幸せになったんだ。……これ以上幸せになれないって思ってたのに」

 そして……また。唇が重ねられた。


「月雫も、空だってそうだよ。虹が生まれてから、もっと――笑顔が増えた。二人とも、毎日楽しそうだよ」

「……ああ。そうだな。みんな楽しそうだし。俺だって幸せだ」


 まだもっと虹が小さい頃は夜泣きが大変ではあったが。月雫が仕事を休んで育児を手伝ってくれた。……そのお陰で、俺や陽葵の負担もかなり軽くなったものだ。


 それから……虹はとても良い子に育ってくれたし。


「これからもっと楽しくなるはずだよ。……虹が小学校に行って、中学校に行くって考えると。すっごい楽しみなんだ」

「はは。反抗期が来たら俺泣くかもな」


 これだけ愛しい娘に嫌われたら。そう思うと心臓に悪い。


「ふふ。大丈夫だよ。何があっても佳音くんの愛情は伝わってるはずだから。……そ、それとね。佳音くん」


 陽葵が俺の手をきゅっと握った。


「さ、最近ご無沙汰だったから。その……したいなって。それと。このままだと貯金も溜まっていくだけだから。……それも良いんだけど。私、二人目。欲しいなって」


 その言葉に俺は目を見開き……少し、考えた。



 ……不可能では無い。というか、月雫や空もお金関係は出したいと言ってくれているから。かなりの余裕がある。


 ――出来る事なら、月雫や空との子供も欲しいのだが。それだと産まれてくる子供にも迷惑がかかるだろう。


 それなら――いや。こうしたお金の事を考えなかったとしても。

「ああ。二人目、欲しいな。虹ともまだ歳が離れないうちに弟か妹が出来た方が喜ぶだろうし」


 時々虹は言うのだ。弟か妹が欲しいと。今までは時間がなくて出来なかったが。


 その時、扉が開いた。

「話は聞かせてもらった!」

「ごめんね、二人とも。虹の寝てるところを見ようかなって思ってたら聞こえちゃって」


 そこに居たのは月雫と空であった。



「家だと二人は集中して出来ないだろうし。虹は私達に任せて行ってきたらどう?」

「……良いのか?」

「もちろん。……ふふ。二人目は男の子かな。女の子かな」


 既にわくわくとし始めている空へと俺は苦笑しながや……俺はゆっくりと起き上がった。


「……ありがとう、二人とも」

「ん。でも今度は私達とも……ね?」


 空の言葉に……俺は笑いながら頷いた。陽葵とご無沙汰だったと言うことは……空達ともしていない、という事だから。


「と、とりあえず。夫婦水入らずで楽しんできてよ」

「……ああ。陽葵」

 俺が手を差し出すと。陽葵は俺の手を掴み、立ち上がった。



 そのまま指を絡める握り方にして。俺達は手早く準備をして……外へと向かった。


 ◆◆◆


 心臓が未だにドクドクとうるさい。久しぶりだからだろうか。いや、前からこの調子だったな。




 ……いつになったら慣れるのだろう。いや、慣れない方が良いのだろう。


 それもこれも――


「お、お待たせ、佳音くん」


 その姿に。俺は思わず目を見開いた。


「い、一応体型とかは維持出来るよう頑張ったけど……」

「……綺麗だよ、陽葵」


 バスローブをはだけさせて……そこから覗く陽葵の体はとても綺麗であった。とても一児の母親とは思えないほどだ。


 陽葵は高校生の頃から全くといっていいほど体型が変わらない……いや、それだと嘘になるな。


 子供を、虹を産んでから更にその胸は大きくなった。一回り。空や月雫と見比べてもすぐ分かるぐらい。


「あ、ありがと……」


 そのまま陽葵をぎゅっと抱きしめると、その顔は真っ赤になる。どくどくと高鳴る心臓の音はこちらまで響いてきた。


 ……陽葵はいつも新鮮な反応を見せてくれる。それは月雫や空もそうだ。


 何度も唇を重ねていると、その瞳はとろんと垂れて……俺をぎゅっと抱きしめてきた。


「か、佳音くん、いっぱい好きって言ってくれるから……その。すっごく嬉しいんだ」

「……好意と感謝は毎日示す、と結婚式の時にも誓ったからな」


 これらはちゃんと言わないと伝わらない。……これでも、できるだけ良い夫婦生活を送れるよう色々調べたりはしているのだ。


「……ふふ。そんな佳音くんだから私達は好きになったんだよ」

「……これから。もっと好きになって貰えるよう頑張るよ」


 そうして……俺は陽葵をベッドへと押し倒した。


「ねえ、佳音くん」

「……なんだ?」

「私ね。……世界で一番幸せだよ。月雫だって、空だって……虹だって。佳音くんの傍に居られて世界で一番幸せなんだよ」

「……俺達だって。陽葵が居るから幸せなんだよ」

「ふふ。ありがとう。――だからね、佳音くん」


 そのまま陽葵は俺に抱きついて。


「もう一人。世界で一番幸せになれる子、授けて欲しいな」


 そう言ってきたのだった。




 ――また、俺の理性がちぎれてしまった事は言うまでもないだろう。


 それから。陽葵に第二子が授かり。……その子は女の子で、虹はとても喜んでいた。月雫や空もその子が陽葵のお腹に居る事を喜んで。



 幸せな日々はまだまだ――終わらない。それこそ、人生を終えるまで続くだろう。


 虹の成長も。陽葵と、月雫。そして空との日常も。……そして、二人目の子の出産と……また成長が。


 何よりも楽しみだった。


―――――――――――――――――――――――

 おまけその一<完> 次回 重婚が可能になった世界(人によっては蛇足になるかもしれません)

 その回が最後の更新になります。

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