第29話 けじめ
あれから数週間が経った。俺は嫌な夢を見たり、ふとした時に昔の光景をフラッシュバックしたり……という事はなかった。
ずっと陽葵姉達が付いていてくれた事もあるだろう。陽葵姉は受験生だから、俺の部屋でもほとんど勉強をしていたが……それでも。居てくれるだけで気が楽になる。
それに、陽葵姉は勉強などで分からない点があれば教えてくれた。……受験生の時間を取るのは忍びない事はあるが。
「大丈夫だよっ! 何せ私、模試でA判定貰ってるからねっ! 相当サボったりしない限りは大丈夫! それに、佳音くんは簡単な問題で躓かないから。教えてる側も結構勉強になってるんだよ!」
……と言ってくれているので。俺も遠慮なく聞いているという訳だ。
もちろん、陽葵姉だけではなく月雫姉や空姉も教えてくれる。……空姉は俺と同学年なのだが。席次は一年生の中でも一番だから大抵の事は分かるのだ。
そうして……一学期の終わりが迫ってきた。もうすぐ夏休み。
……そういえば。この前母さんは陽葵姉達と会い、話をしたらしい。
母さんに言われた通り、俺はその場に行っていないのだが……聞いたところ、母さんは陽葵姉達に謝罪をし。そして、俺を支えてくれた事の感謝の言葉を口にしたらしい。
陽葵姉達も最初は怒り、否定的だったようだが……。
頼み込む母さんの姿に。これまた条件付きでOKを出した。
その条件とは、俺が母さんと会う時。陽葵姉か月雫姉、空姉の誰かが一緒に居る、という事。
これならば何かあってもすぐにどうにか出来るから、と。
母さんもそれを了承し、俺も当然了承した。
という事で、母さんに関する事は一旦終わりを迎えた。俺ももう……大丈夫。
となると……やる事はあと一つ。いや、二つか。
陽葵姉達に支えられて。俺は改めて、考えた。
俺も。陽葵姉達を――陽葵姉と、月雫。空姉を幸せにしたい、と。
……一度。俺が大変だった時、陽葵姉達と似たような事は話した。しかし、だからと言って。あれで終わらせていい訳では無い。
だからこそ。俺は改めて……陽葵姉達に言う必要がある。だが、その前に。
「母さん。父さん。ちょっと良いですか?」
一度。ちゃんと話さなければいけない。
……母さんと父さんはいつも、食後はリビングに居る。陽葵姉達は部屋に待っていてもらい。俺は、二人の所に来た。
「どうしたんだい? 佳音」
「陽葵姉達の事について。話したい事があって来たんです」
俺の言葉に父さん達は察したのか……座るよう促された。
俺は座り。改めて、二人を見た。
父さんも母さんも……優しく微笑んでくれている。
「俺は――陽葵姉達が好きです。誰か一人、とかではなく。三人とも……好きになりました」
まず最初に。俺は、そう伝えた。父さん達も……それは分かっていたからか、頷いてくれる。
「そして……嬉しい事に、三人も俺を好いてくれています。だから。俺は、三人の気持ちに応えたい。……応えられる人になりたいと思っています」
まっすぐと。二人を見ながら。俺は続ける。
「そのために勉強はもちろん、資格を取ったりして、なるべく将来は良い所で働けるようにしたいと考えています」
今までの分、これからはより一層頑張らないといけない。
「自分でも、随分と気が早いとは思います。でも、俺もそれだけ本気で……考えています。もちろんこの事は後で陽葵姉達にも話すつもりです」
返事もまだ貰っていないのに親へと挨拶をする。……そう聞くと、随分おかしなように思えるが。状況が特殊だから仕方ない。
「だから。陽葵姉達が俺との交際を了承してくれたら。交際する事を認めて欲しいです」
俺はそう言って、父さんに。そして……母さん。暁さんに頭を下げた。
少しして……暁さんが。口を開いた。
「頭を、上げてちょうだい。佳音くん。……いいえ、佳音」
暁さんに言われて。俺は頭を上げた。
「元々……この事は陽葵達から聞いていたのよ。私が卓也さん……お父さんと再婚する時に。『佳音くんと結婚する。三人で、絶対に』って。……お父さんも話を聞いてる。陽葵達からその事は?」
「……大まかには」
「そうよね。陽葵達が話してないはずが無いもの。話せば佳音は安心するだろうし。……なら、どうしてまた。改めて言いに来たのかしら? 別に言わなくても……陽葵達と交際は出来たんじゃないかしら?」
「陽葵姉達にそこを丸投げするのは。陽葵姉達の横に立つ男として、良くないと思ったからです。……俺は、陽葵姉達にももちろんですが。母さん……暁さんにも誠実で居たいと。そう思っています」
俺がそう言うと……暁さんは。優しく、笑った。
「陽葵達は一途な子。佳音と離れてからもずっと佳音の事を考えて。誰に告白されても了承する事は無かったわ。……これからも、絶対にそうだと。母親である私から見ても言える。私が言う事では無いのかもしれないけど。佳音はまだ若いわ。もし、陽葵達と交際したら。もう、他の人とは付き合えないかもしれない。それでも……良いのかしら?」
「承知の上です。……それ以前に。俺は陽葵姉達以上に魅力的な女の子を知りません。……いえ、居ないと断言出来ます」
言い過ぎなどでは無い。……陽葵姉達は。この世の誰よりも魅力的だ。
「……ふふ」
暁さんは。俺を見て。クスリと笑った。
「佳音を見て、お母さんが……真奈美さんが変わりたいと思った理由。なんとなく分かった気がするわ。佳音。貴方はどこまでも……誠実な子なのね」
「……自分の大切な人達には。誠実でいたいと。嘘をついて生きたくはないと思っています」
「ふふ、そうね。普通の人からしたら三股なんて誠実では無いわよね。でも、陽葵達から……私から見ればきちんと許可を得ているし、誠実に見える。……いいえ、確かに誠実ね」
そこで一度言葉を区切って。改めて、俺を見た。
「――佳音。陽葵達との交際を許可します。ただし、条件付きでね」
俺はその言葉にホッとしながら……暁さんを見る。
「とは言っても簡単な事よ。佳音。もう私に敬語は使わないで。……本当のお母さんのように。接して欲しいのよ」
その言葉に……俺は。頷いた。
「分かった、母さん」
「うん、よろしい。……それと、佳音。陽葵達の事。よろしくね。私も陽葵達には心から幸せになって欲しいの。……佳音なら。三人まとめて幸せに出来るって信じてるから」
「うん、絶対に幸せにするよ。母さん」
そうして、俺は続いて……父さんを見た。しかし、父さんは薄く笑って。
「お父さんから言う事は……ああ、そうだ。一つだけあった」
そうして。俺をじっと。見た。
「佳音。誰よりも幸せになりなさい。陽葵ちゃん達が幸せでも、佳音が幸せじゃなかったら……お父さんは悲しい。もちろん、陽葵ちゃん達が居る限りそんな事はないと思っているけど。でも、頑張りすぎないで。ちゃんと、お父さん達を頼って欲しいんだ」
「……ああ、ありがとう。父さん。俺も幸せになる。誰よりも」
俺がそう返すと。父さんは笑顔で頷いた。
「さあ、佳音。お父さん達に言ったんだから。行っておいで。きっと待ってるはずだよ」
「ええ。……それはもう、凄い緊張しながら待ってるはずよ。行ってらっしゃい、佳音」
俺は父さんと母さんの言葉に……頷いた。
「ああ、ありがとう……本当に、ありがとう。父さん、母さん」
普通なら断られていた……話すらも聞いてくれないようなものを。二人は優しく、背中を押してくれた。
頑張って、三人を幸せに……俺も幸せにならなければいけない。
その決意を胸に。俺は、自分の部屋へと戻ったのだった。
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