第15話 悪癖

注:次話まで虐待、暴力的などの表現があります。苦手な方は読むのをお控えください。


―――――――――――――――――――――――


「……お母さん? お酒、飲んでるの?」


 机の上には。お酒の缶が散らばっていた。……いつも、お母さんもお父さんもお酒を飲まない。


 その事に首を傾げてそう聞くと。次の瞬間。



 僕は、お母さんに殴られていた。


 こんな事は初めてで。……お母さんは、僕を怒る事はあっても。殴る人じゃなかったから。


 強くショックを受けた。それから、何があったのか。どうやってお部屋に戻ったのか。おしっこに行ったのかは覚えていない。


 でも……次の日のお母さんは。いつも通りに戻っていた。


 ああ、良かった。きっと、夢だったんだ。ほっぺたが痛いのもきっと、どこかにぶつけたからなんだ。


 そう思い。また、陽葵姉ちゃん達と遊んだ。


「佳音くん!? どうしたの!? ほっぺた腫れてるよ!?」

「うん、眠ってる間にぶつけたみたいなんだ」


 そう言って。僕はまた三人とあそび始めた。



 だけど――その日から。僕は毎日悪い夢を見るようになった。


 何か物を投げられたような夢を。逆に、僕が投げられたような夢も。


 お腹や足、腕を抓られたり。しかもそれが起きてから痣になって見つかったりした。もしかして、お化けに呪われてるのかなと心配になって。お母さんに相談しようかとも思ったけど……お母さんは最近、よく眠るようになった。お昼寝だ。

 それと一緒に、ご飯もカップ麺とか、チンして食べられるものとかになっていった。


 ◆◆◆


 お昼ご飯のカップ麺を食べる。ずるずると麺をすすっていると、ピンポンとチャイムが鳴った。


 お母さんは眠っていて起きない。起こしても良いけど……陽葵姉ちゃん達かもしれないから。僕は玄関に向かった。


「誰ですかー?」

「佳音くん? 私。陽葵達のお母さんだよ」


 僕はその聞きなれた声に頷いて。扉を開けた。


「どうしたんですかー?」

「えっとね、佳音くんの体に傷がいっぱいあるって心配に――佳音くん?」


 陽葵姉ちゃん達のお母さんが僕を見て。口を手で覆った。


「……佳音くん。その怪我、何があったの?」

「……? 眠ってる間にあちこちぶつけちゃったみたいなんです。あと、寝てる間にひっかいちゃってて」

 僕がそう言うと。陽葵姉ちゃん達のお母さんはしゃがんで。僕の体をあちこち触り始めた。


「……本当に?」

「うん! ……あ、でもね。怖い夢も見るんだ」


 そして、僕は夢の内容を話した。


 お母さんに殴られたり、怒られる夢を。



「でもねでもね。起きたらお母さんもいつも通り優しくてね? 今はお昼寝してるんだけど――」

「うん、うん。分かった。……お昼ご飯はどうしてるのかな?」

「カップラーメン!」


 僕がそう答えると。どうしてか、ぎゅっと抱きしめられた。


「……お家、おいで。陽葵達も喜ぶから」

「え? でも、僕まだ食べてる途中だよ?」

「大丈夫。もっと美味しいものがあるから。よい、しょっと」

 そのまま僕はだっこされた。少し恥ずかしかったけど。最近はお母さんからぎゅってされる事も少なかったから。


 嬉しかった。


 ◆◆◆


「ッ……ふぅ」


 起きると同時に吐き気に襲われた。先程飲んだ薬を吐き出してしまいそうになるが、どうにか堪えた。



 そうだ。俺は――




 母親に虐待されていた。あの頃の俺はそれが信じられず。夢だと思い込んでいた。


 普段は優しい母親であった。……そのはずだ。ただ。お酒を飲むと豹変したようにちょっとした事で怒鳴り散らかし。すぐに殴られたりした。


 幸い。大きな怪我はなく、精々痣が出来るぐらい。……ただ、それが怖くて。俺は自分の手に爪を立てて耐えていた。


 だから俺の手には傷が残っていたのだ。



 時計を見ると……あれから三十分は眠っていたようだった。


 先程よりは……随分と落ち着いてきた。確か、この後は……。


 思い出そうとすると、ズキリと頭が痛んだ。



 このまま起きていれば。何もかも忘れて元の生活に戻れるのかもしれない。



 ――だが。それで良いのだろうか。



 裏を返せば。


 今眠れば……全てを思い出せる。そんな気がした。


 俺は一度。深呼吸をして。ベッドに横になった。



 ◆◆◆


 佳音くんの様子がおかしい。帰ってきてすぐに部屋に籠ったのもそうだけど。


 私と月雫。空の言葉を無視して、すれ違った時。佳音くんは……。



 今にも泣きそうな顔をしていたから。


 何度も名前を呼んで。扉をノックしても……『今は一人にして欲しい』と。そう言われるだけで。


 扉を壊して入ろうかとも考えたけど。佳音くんの声が何もかもを拒絶するようで……出来なかった。


 ひとまず私は電話をかけた。相手は――


「あ、お仕事中にすみません。お義父さん」

「いや、大丈夫だよ。何かあったのかい? 陽葵ちゃん」


 私達の義理のお父さん。……佳音くんのお父さんだ。


「実は……佳音くんの様子がおかしくて」


 私は素直に。今起こっている事を話した。



「……分かった。一つ、確認したい事があるんだ。少しだけ待っていてくれるかな。それが終わり次第帰ってくるから」

「分かりました。私も佳音くんの様子を見ておきます」


 そうして電話を切る。すると……


「ね、ねえ。佳音、大丈夫そう?」

「……心配」


 二人の言葉に……思わず難しい顔をしてしまう。


「とりあえず、今は佳音くんの様子を見よう。何かおかしな事があれば無理やり入る。それでいいかな」

「分かった。そうする」

「ん……分かった」


 そうして三人で。佳音くんの部屋の前に座った。何かあればすぐに分かるように。


 会話も少なく。ただ、佳音くんの部屋に耳を傾ける。


 そうして……一時間近くが経った頃。電話がかかってきた。


 相手はお義父さんだ。私は電話を取る。


「……お義父さん? どうしたんですか?」

「――陽葵ちゃん。落ち着いて聞いて欲しい。台所の棚の下から二番目。その奥に鍵があるんだ。それは佳音の部屋のスペアキー。それを使って佳音の部屋に入って欲しいんだ」


 いきなりそんな事を言われて。私は戸惑ってしまった。そんな私を落ち着けるように。お義父さんは優しく話してくれた。


「いいかい? 今の佳音には三人が必要なんだ。今からでも傍に――」


 だけど、お義父さんの言葉の途中で。












「うあああああああああああああああ!」



 佳音くんの叫び声が聞こえてきた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る