第7話 原宿の宝石店


 放課後になった。

 急いで掃除当番を終わらせた波留と秋菜は、駆け足で学校をあとにする。いちど家に着替えに戻って、駅で待ち合わせ。なかなか来ない秋菜がやっと来たと思ったら、思いっきりお洒落していた。


 白いブラウスに、青いドットのミニスカート。パステル・ピンクのカーディガンに子犬のポシェット。靴なんか、赤いヒール。

「なにそれ」

 波留は目を丸くした。


 なにせ自分は、デニムのキュロットに、ジージャン。下はジャングル迷彩のティーシャツだ。これで拳銃もったらテレビの刑事ドラマに出られるような服装だったからだ。

「原宿いくんだから、これくらいおしゃれしないと」

 という秋菜のわけのわからない説明。


 だが、二人で地下鉄にのって、原宿まで行き、いざ『シャイン・ドリーム』が近づいてくると、波留は秋菜の選択が正しかったことを思い知る。

 『シャイン・ドリーム』に入っていく人は皆、おしゃれな格好をした人ばかり。それは前回の偵察で分かっていたはずなのに、今日は中学生として見学に行くのだから関係ないと考えていた。でも、いざ豪華で美しいエントランスの前に立つと、デニム姿の女子中学生である自分がめっちゃくちゃこの店に場違いな存在であるのか分かる。


 少なくとも、秋菜くらいおしゃれしてこないと、違和感があり過ぎて、逆に目立つ。もっとも、かなり頑張っておしゃれしている秋菜も、かなり浮いているのだけど。


「うわー、素敵!」

 と、自分たちが場違いな存在であることなど、いっさい気にしない秋菜が感動のため息をもらす。

「すっごく素敵。まるでシンデレラのお城みたい」


 店内はぴかぴかに磨かれたガラスケースのなかに、キラキラ光る色とりどりの宝石がならび、まるで銀河の星たちみたいな彩りの輝きに満ちている。すっごいセレブの世界。中学生がくる場所じゃない。

 しかも、高級宝石店にしては、なんかずいぶんと混んでいる。波留たちが入ったあとからも、つぎつぎとお客が入ってくる。しかも、中学生や高校生の女子が多い。そして、その子たちは指輪やネックレスの商品には目もくれず、店内をスマホで撮影している。


「ねえねえ、あの子たちなに撮影してるのかな?」

 と秋菜を指でつついたら、その秋菜もスマホを構えて撮影中。

「なにやってんのよ。お店の中を撮影したらだめでしょ」

 と波留は注意するが、秋菜は「平気よ」と壁の張り紙を指さす。

 そこにはこう書かれていた。


『店内撮影自由。SNSにもあげてください。ただし、混雑してきた場合は、撮影のみで商品を購入されない方は、10分以内に退店願います』


「10分以内なら、撮影オッケーだから。あ、あそこだよ、波留。早く行こう」


 店内の一番奥のスペースは、博物館にあるような赤いロープで仕切られていた。

 壁にあいた大きな四角い穴が展示スペースになっていて、ガラスが嵌ったその中に、赤い布が敷かれている。そのうえに、きらきら光る宝石が遠目にも見えた。


 あれが、このお店の目玉、ダルーレの指輪『血と涙』にちがいない。

 ただし、見学するためには、ロープで仕切られた通路にそって、列に並ばなければならない。かなり長い列だけど、そこに並ばないと見学することが出来ないので、波留と秋菜は走っていって、最後尾にならぶ。

 列がゆっくりと動き、やがて波留たちの順番。


 壁の中の展示スペースをのぞきこむと、そこには赤と青の宝石が輝く、銀色の指輪がある。まるでフアンタジーにででくる魔法のアイテムのようなデザイン。赤と青の宝石も、まるで自らの力で光を放っているようだ。華麗にして、荘厳。未来的で、にもかかわらず格式高く、重厚。

(これは凄いな)

 怪盗としてのルパ子のセンスが、その指輪の価値を認める。

(たしかにこれなら、十億円以上してもおかしくない)


 だが、そんな心根はおくびにもださず、波留は子供っぽく「うわー、綺麗ー」と笑顔で手を合わせる。

 そして、すばやく視線を展示スペースの中に走らせた。


 中にはセンサーがある。動体センサー。動くものがあれば反応するやつだ。

 窓枠には振動検出装置。窓に振動を与えただけで反応する。ガラスが割れたらもちろん反応。おそらく叩いても反応するだろう。

 ガラスの手前には、光センサー。これは目に見えないけど、ガラスの手前に何本ものレーザーが走っていて、その光を遮ると警報が鳴る。つまり、ガラスに触れようとしただけで、反応する。


 まさに万全の警備体制。鉄壁の防御。

 しかも、展示スペースの隣には、制服を着た警備員が立っている。この警備員は、閉店後もずっとここに立っているのだろうか? だとしたら、厄介だ。


「さあさあ、みなさん、どうぞ見ていってください。これが世紀の秘宝。ダルーレの最高傑作、幻の指輪『血と涙』ですよ。展示されているのは今だけ。売れてしまったらもう見ることはできませんからね」

 奥から出てきた、仕立てのいいスーツ姿の、でっぷり太ったおじさんが、大声を張り上げてにやにや笑っている。


 すごく意地悪そうな顔のおじさんだった。胸の金バッチに『店長』と書かれている。

「しかもこの『血と涙』を、さいきん話題の怪盗、アルセーヌ・ルパ子が盗んで見せると予告状を送ったきたのです。てすが、ご覧ください。『血と涙』は完璧なシステムで警備されています。どんな怪盗だろうと、盗み出すことは不可能。どうせ盗み損ねて、わが社の警備員に捕まるのがオチでしょう。予告状の日にはきっと、謎の美少女怪盗の素顔をみなさんに公開することができると思います。その様子は動画サイトでライブ配信しますから、当社のチャンネルにご登録をよろしくお願いします。


 デブ店長の言葉を聞いた波留は、さすがにムッとした。

 ルパ子には盗めない。盗みに来たら捕まえてやる。そして、その正体をさらしてやるのだとこの店長は宣言している。


 しかもそれはすべて、自分の店の宣伝のためだ。デブ店長は、ルパ子から予告状をもらって恐れるどころか、それを店の宣伝に使っている。これでは、この詐欺集団の片棒かつぐ悪徳店舗の宣伝に、ルパ子が一役かっているようなものである。

(そっちがそのつもりなら、こっちは絶対に『血と涙』を盗んでやるんだから)

 波留はぎゅっと拳を握りしめた。ぜったいに盗む。そう心に決めて。

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