第19話 潜入! 豪華客船『クイーン・クリスタル』号
豪華客船『クイーン・クリスタル』号が停泊する桟橋の端っこを、闇に紛れて黒ずくめの影が走っていた。黒いカーゴパンツに黒い長そでシャツ。頭に黒いキャップ。ただし白く輝くような顔には、赤いマスク。
美少女怪盗、アルセーヌ・ルパ子である。
豪華客船は巨大である。その乗り込み口は舷側の中央にあり、そこはいま乗客や警備員、警察官たちであふれ返っている。あの混乱に乗じてもぐりこむことも可能だが、もし見つかったら大騒ぎになってどうにもならない。下手をすればパニックになって怪我人が出るかもしれない。それは華麗ではない。
怪盗は常に、華麗でなければならないのだ。
『でも、ルパ子。乗り口がないのにどうやって船内に入る気だい?』
通信機にもなっている腕時計セイコー・ベビーGから、金田一の声がたずねてくる。
『「クイーン・クリスタル」号はなかなかの大型船だよ。全高五十メートル。デッキまでの高さは二十メートルを超す。まさか鉄の船体を、ヤモリみたいに張りついてよじ登るわけじゃないよね」
「そんな時間のかかること、するわけないでしょ。わたしは怪盗よ」
人っこひとりいない大桟橋の暗がりの中を、たったったっと走ったルパ子は、巨大な客船を岸に固定している「もやい綱」をめざしていた。
船は接岸すると碇を下ろし、それと同時に岸から離れないよう「もやい綱」というもので陸地と固定する。それはどんな大きな船でもいっしょで、『クイーン・クリスタル』号くらいの大きさになると「もやい綱」も太くて長い。
いま、埠頭に接岸しているお城のような『クイーン・クリスタル』号は、まるで山につながれた恐竜のように、太いロープで護岸に繋がれていた。
ルパ子はちゅうちょなく、そのロープの上を駆け上がる。
太いとはいえ、ロープは綱引きの綱よりちょっと太い程度。これはちょっとした綱渡りである。
『わ、わ、ルパ子。落ちないでよ』
ルパ子のマスクについたカメラから映像を受信している金田一が、慌てた声を出すが、ルパ子は平気な声で返答する。
「おじいちゃんに伝えられた怪盗術の中では、綱渡りはどちらかというと初級編よ。こんな太いロープ。わたしにしてみれば、駅の階段と変わらないわ」
ロープを二十メートルくらい駆け上がったルパ子は、豪華客船の船体にとりつく。ただし、そこはまだ船の舷側。中に入るには、鉄の壁をあと五メートルくらい上る必要がある。
が、ルパ子はぐっと腰をかがめると、勢いよくジャンプ。
ルパ子のハイサイ・ブーツは平賀屋の特製。内部に特殊金属のバネが仕掛けられていて、ルパ子の跳躍をメカニックでアシストしてくれるのだ。
ぴょーんと、猫のように飛び上がったルパ子は、舷側を飛び越え、甲板の上に音もなく着地する。
ここはすでに船内。監視装置があるかもしれないが、ルパ子は気にすることなく、するすると黒ずくめの服を脱ぎ放つ。中から出てきたのは、赤いマントに白いスーツ。ミニスカートにハイサイ・ブーツの美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子の衣装だ。
頭のミニハットをちょっと直すと、ヒールの音を響かせて、誰もいない殺風景な船首の甲板を歩き始めた。
『まずは、侵入成功だね』
金田一の、ほっとしたような声が響く。
『でも、これからどうやって展示会場まで行くつもりだい? 警備員はもちろん、乗客や観客も大勢いるんだぞ』
「べつに」
ルパ子はまっすぐな姿勢で、優雅に甲板をわたる。
「普通に歩いていくけど」
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