第18話 ルパ子を待つ悪の大幹部


 ルパ子の予告状、もとい予告動画はすごい人気だった。

 ただしこの動画、ルパ子自身が公開しているものではない。

 金田一が追跡不可能のメール・サーバから、ルパ子のファンサイトの運営者に送ったものだ。普通ならあやしい発信元からのメールの内容を信じたりしないだろうが、さすがはルパ子ファンサイトの運営者である。きちんと映像を解析し、マスクのダイヤから、これが本物のルパ子であることを検証して公開に踏み切った。そしていま、その動画の再生数は一億を超えているらしい。



 と、そんな経緯はまったく知らないインターポールの秘密捜査官コンドル。

 彼は今、ホテルの部屋でパソコンを開き、ルパ子の予告動画を見ていた。

 最初品川のホテルにいた彼だが、やはり横浜まで遠いので、もっと近い桜木町のホテルへ宿を変更していた。


 世界的犯罪組織『シャドー』の存在をみなに広め、さらにはその『シャドー』への挑戦の意志をあらわしたルパ子。動画を見る限り、ほんとうに少女のようである。だが、変装の達人であるコンドルは、彼女のマスクの下の顔が高度な変装であることを見破っていた。動画のルパ子は、極めて質の高い変装技術でもって、その本当の素顔を隠している。


 だが、それを分かったうえでコンドルは大きくため息をついた。


「はぁー。アルセーヌ・ルパ子って、おいおい……」


 心底あきれて、言葉もない様子のコンドル。

 彼はかつてのアルセーヌ・ルパ夫という怪盗を知っていた。だから、このアルセーヌ・ルパ子が、おそらくはルパ夫の孫であることを見破っていたのだ。


「これはまた、とんでもないことになって来たな」


 と、そんなふうに呆れているコンドルであるが、彼の仕事はあくまで犯罪組織『シャドー』の壊滅。そして、そのための証拠集めである。このルパ子という美少女怪盗が豪華客船『クイーン・クリスタル』号に侵入し、人工ルビー『スーパー・ノヴァ』を盗むというのなら、それはチャンスである。この機会に乗じて船内に潜入し、そこで『シャドー』の悪事の証拠と情報を収集をするべきだ。


「ふうむ」

 コンドルはあごに手をあてて考え込む。椅子から立ち上がり、窓のそばに立つ。


 桜木町のホテルは海の近く。眺めがすごくいい。目の下には海浜公園がひろがり、遠くには赤レンガの倉庫もみえる。その奥の大桟橋に停泊しているのが、豪華客船『クイーン・クリスタル』号。まるで海に浮く巨大な城のようだ。

 美しい真っ白な船体は、ぴかぴかと光り、まるで宮殿のよう。しかし、あの船の正体は、犯罪組織の牙城。コンドルはその闇を暴かねばならない。そのために、美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子を利用しようと考えてるのだが、ひとつ問題があった。



 ルパ子の予告動画には、盗みに入る日にちも時刻も告知されていなかった。相手が犯罪組織だから、当たり前といえば当たり前なのだが、それではコンドルはいつあの豪華客船に忍び込めばいいのか分からないではないか。


「いつ、来るのかなぁ? ルパ子」

 コンドルは困ったようにつぶやいた。




 一方、豪華客船『クイーン・クリスタル』号の船内。

 通常船内で一番えらいのは船長であるが、この『クイーン・クリスタル』号ではちがう。犯罪組織『シャドー』の船である『クイーン・クリスタル』号で一番えらいのは、『シャドー』の幹部タイガーであった。


 タイガーは身体の大きい男で、声もでかい。タイガーというよりは、エレファントという感じだが、タイガーは『シャドー』から与えられたコードネームなので勝手に変えるわけには行かない。


 タイガーは『シャドー』本部の命令により、アルセーヌ・ルパ子をとらえる計画を実行中でなのである。ところが、ルパ子によって予告動画を公開され、『シャドー』の存在を表ざたにされてしまった。本部からは「おまえの責任である」と激しい叱責をうけ、かなり立場がまずくなっていた。


 最初、船内を公開すると宣伝しておき、ルパ子が来そうだと分かると、急遽チケット制に切り替えた。ルパ子を捕えるためだ。

 そして、実は、一般客が邪魔なため、いっさいチケットを発行していなかったタイガーである。


 ところが、ルパ子の動画が公開され、テレビや新聞といったマスコミが騒ぎ出した。ここで、宣伝だけしておいてチケットを販売していないことがバレれば、まずいことになる。それでなくても、世間はルパ子の動画を信じて、『クイーン・クリスタル』号が犯罪組織と関係があるのではないかと疑っているのに。

 もっとも、ルパ子の言っていることは、真実なのだが。


 とにかくこのままではまずいので、タイガーはあわてて展示会のチケットを大量発行しはじめた。

 そして、夜限定で、大ホールを公開し、外からの客をいれることにする。さらに、儲けも考えて、大食堂も開放。船の乗客以外の、外から入って来た客にもレストランでの食事ができるようにした。


 ただし、その分、大勢の人が外から船内にはいってくることになる。それだけルパ子に侵入されやすい。それため、タイガーは乗船口に監視カメラを設置し、警備員(実は組織の人間)を立たせて、怪しい客を監視させた。


「まあ、いずれにしろルパ子は、『スーパー・ノヴァ』を狙ってくるのだから、大ホールに現れる。そこを捕まえればいいだけの話だがな」

 特等客室のソファーで、ウイスキーを飲みながら、タイガーはぐふぐふと笑っていた。

「怪盗少女め。来たら絶対につかまえてやる。今夜あたり来そうな予感がするな。ぐふふふふ」


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