第20話 クールじゃない歓迎


 巻き取り機が設置された船首甲板から、柵をひらりと飛び越え、前部甲板へ。

 そこには、ライトアップされた巨大な温水プールがある。何人もの水着姿の乗船客たちが、ゆったりとくつろいでいる。が、彼らはおもに外国人。ルパ子のことは知らないので、こちらを見ても反応なし。

 ルパ子はゆっくりとした足取りでプールサイドを抜け、船内デッキへ入る。

 ホテルのエントランスのように広い入口から、これまたホテルのロビーフロアのように広々とした前部デッキへ。


 床には赤い絨毯。天井からは豪華なシャンデリア。壁際には大きな螺旋階段。天井が高く、二階の高さで回廊がぐるりとフロアを一周している。

 まるでシンデレラのお城である。


 いくつものテーブルがとびとびに並び、いまはゆったりした立食パーティーの最中。ただし、がっついて食べるような乗船客はいない。足の細いグラスでシャンパンを飲みながら、サンドイッチみたいな軽食をつまんでいるのは優雅なお金持ちたち。


 壁際には、きらきら光る酒瓶がならんだバー。そのとなりには喫煙ブースがあり、ビリヤード台も置かれている。その奥にあるのは、いまは珍しいジュークボックス。おじいちゃんに教えてもらったけど、本物を見るのはルパ子も初めてだ。


「素敵な会場ね」

 金田一につげながら、パーティー客たちの間をすり抜けて行くルパ子。

 外国人のおばさんが彼女の姿に気づき、「オー、キュート」と言ってくれたので、「センキュー」と手を振っておく。


 着飾ったパーティー客は外国人が多い。彼らは船にのって旅している人たちだろう。

 逆に、普段着で荷物をもってうろうろしている日本人は、伝説のルビーを見に来た外からの観客だろう。

 そのうちの一人が、ルパ子に気づいて指さす。周囲の人たちも気づいたようだ。みなが振り向き、スマホのカメラを向ける。日本人の反応にきづいた外国人たちも「ルパコ? ルパコ?」と外国語の発音でたずねている。

 みながルパ子に注目し、歩く彼女のために声もださずに、道を開ける。

 外国人の女性が感極まったように「オー」と叫び、胸の前で手を握り合わせる。この人は、外国人だけどルパ子を知っているようだ。


 最初はカメラを向けていた人たちも、いつしか静かになって、優雅に歩を進めるルパ子の姿を注視する。

 白いジャケット。翻る赤いハーフマント。ミニスカートに、ハイサイ・ブーツ。美しい素顔を、ダイヤモンドの光る仮面に隠した美少女怪盗。

 みながその姿を、息をのんで見つめている。


 ルパ子はまるで、ファッション・ショーのランウェイを歩くように、颯爽と、そして華麗に大広間を突っ切る。そして、突き当りの大階段へと迫る。

 大階段の前には、巨大な円形の展示台。ぴんと張った青いシルクの布の上に、巨大なルビーが無造作に展示されている。

 周囲に警備員の姿はない。ただし、八方向に設置された監視カメラが、にらむようにルビーを見つめていた。


『注意して、ルパ子』

 金田一が警告してきた。

『あの監視カメラは、画像解析専用の機種だ。おそらくルビーが動いたら、電子回路が作動して、なにかの仕掛けが発動する。それが果たしてマシンガンか毒ガスかは知らないけれど、決してルパ子に都合のいいものではないはずだよ』


 前回、ダルーレの指輪をまんまと盗まれた『シャドー』としては、今回は人にたよらず、完全に機械で警備をしようというのだろう。

 もしルパ子があのルビーを取れば、それこそマシンガンが発射されたり、毒ガスが噴射されたり、高圧電流が流れたりしかねない。

 ルパ子は直径二メートルくらいある円形の展示台の前で立ち止まる。


「はーっはっはっはっはぁーーーー!」

 オットセイが鳴いているのかと思ったら、大階段の上で、趣味の悪いタキシードを着た太ったおっさんが、下品な笑い声を上げていた。


「ようこそ、『クイーン・クリスタル』号へ。美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子くん。わたしはこの船の最高責任者で、タイガーと申す者。どうです、この船の乗り心地はいかがですかな?」


 ルパ子は頭のミニハットをちょいと直すと、優雅に一礼した。

「初めまして、ジェントルマン。なかなか素敵なお船ですね。調度も内装も豪華ですし、居心地がよさそうです。この船、動いたりするのかしら?」


「はーっはっはっはっはぁーーーーはっ! もちろん動きますとも。世界中の海を渡り歩けますよ。いかがですかな? 貴女もこの豪華客船にのって、世界中の海を旅してみませんか?」


「せっかくですが、お断りしますわ、ミスター・タイガー」ルパ子は大げさな動作で肩をすくめる。「犯罪組織の船に乗って旅行なんて、くつろげませんから。わたくし、そこの人工ルビーをいただいて、さっさと下船させていただきます」


「そうはいきませんぞ、可愛らしい怪盗さん」

 タイガーが指をパチンと鳴らすと、階段の上から黒ずくめの男たちがばらばらと駆け下りてきて、タイガーの左右にずらりと並ぶ。その男たちがいっせいにスーツの下から拳銃を抜いた。十丁以上の拳銃がルパ子に向けられる。

 その場につめかけた観客たちが息をのむ気配が背後から伝わってくる。


 ルパ子は黙って両手をあげ、ちいさくつぶやく。

「なんとも、無粋な男だこと。クールじゃないわ」


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