第21話 心配ご無用
男たちに銃を向けられ、美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子は手を上げた。
ルパ子の背後に立つ大勢の人たちが、男たちの拳銃をみて悲鳴をあげる。
「みなさん、動かないように」
タイガーは、ルパ子と他の乗客たちを見下ろして、階段の上でにやにやと笑う。
「そうそう、それが利口ですよ、ルパ子くん。ちなみに、そのルビーの展示台には仕掛けがしてあって、ルビーが無くなったことをデジタル・カメラが察知すると、このフロア全体に強力な催眠ガスが流れる仕組みになっています。貴女がルビーを盗めば、ここにいる他のお客様もいっしょにお寝んねというわけです」
ルパ子は大きくため息をついた。フロア全体に催眠ガスが噴出するとは、ずいぶん大がかりな仕掛けである。しかもシャドーは、一般の乗客も巻き込んで眠らせてしまうつもりらしい。
(これは一時撤退するのが、利口かな?)
ルパ子がこの場から逃げ出すことを考えたとき、場面が動いた。
タイガーの隣で銃を構えていた男が、ふと向きを変え、その銃口をタイガーの頭につきつけたのだ。
「む、なにをする」
驚いたタイガーが、銃を向けた男を怒鳴りつけるが、男の銃口は動かなかった。ぴたりとタイガーの額に狙いをつけたまま、彼は口を開く。
「大勢の一般人を巻き込むのは、やりすぎだな、犯罪組織『シャドー』の幹部、タイガーくん。あまり無粋な仕事は、組織の中のきみの評価を下げることになるぞ」
「な、きさま、何者だ。俺の部下ではないな」
「ご明察」
男は銃を持つ右手は動かさず、左手だけで顔にかぶっていたシリコン・ラバーのマスクを引きはがした。下から現れたのは、鷹をおもわせる鋭い風貌の男。
「インターポールの秘密捜査官のコンドルだ。貴様を逮捕する」
「インターポールだと? 逮捕だと? いったい、なんの容疑でだ」
「うん、そうだな。とりあえず地下の倉庫に眠っている荷物について説明してもらってから、それは決めることにしよう」
「ぬっ」
タイガーを顔色が変わった。
「きさま、あれを見たのか……」
なにか話がややこしい方向へ動こうとしているが、それはルパ子には関係のないこと。このすきにルビーをいただいて帰ろうと足を踏み出したら、階段の上のコンドルという男に鋭く注意された。
「美少女怪盗くん! ぼくは世界警察機構の捜査官だからね。窃盗は見逃せないよ。ルビーを動かせば、フロアに催眠ガスが充満する仕組みだ。ここはあきらめて、今日のところは引きたまえ」
「あーら、インターポールのおじさま。ご心配はご無用ですわ」
ルパ子はにっこり笑うと、踵を返して走り出した。ビリヤード台へ駆け寄り、台の上にある赤い球と、槍のように長いキューを取る。
そして、そのまま展示台へダッシュ。
「おい、ちょっとまて!」
「何をする気だ、小娘」
タイガーとコンドルが騒いでいる今が、チャンス。
ルパ子は展示台の上に赤い球をのせると、キューを構え、そこから強烈なブレイク・ショットを放った。
「わっ、やめろ!」
タイガーとコンドルが仲良く悲鳴をあげる。
ルパ子の放った赤玉が、展示台の中央にある球形のルビーを弾き、かわりにビリヤードの赤玉がその場に居座る。弾かれたルビー、『スーパー・ノヴァ』は監視カメラの脚に当たって跳ね返り、ぽーんと跳んだそれを優雅にキャッチしたのは、白手袋につつまれたルパ子の手。
「人工ルビー『スーパー・ノヴァ』はこの通り、美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子がいただきましたわ」
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