第3話 怪盗は正体と本心を隠す


「おはよう、波留ー」

 朝、学校に行くと、さっそく親友の篠宮秋菜しのみや あきなが話しかけてきた。秋菜は中学に入ってからできた友達。波留とは中学一年のときから同じクラスである。


「ねえねえ、聞いた? きのう、池袋にルパ子が出たらしいよ」

 秋菜はルパ子の大ファンである。が、当然ルパ子の正体が波留であることは知らない。想像もしていないだろう。

「へえ、また出たんだ」

 波留は興味なさそうに答える。


 ちなみに、学校に行くときの波留は、髪を後ろでおばさん結びにして、制服のスカートは膝下の長い丈。

 さらに、教育委員会みたいな赤いべっ甲眼鏡をかけている。もちろんこれは変装であり、眼鏡は偽物だ。そもそも波留の視力は二・〇である。


「先週が新宿でしょ、それで先々週が渋谷じゃない」秋菜は指をおって数える。「ということはつまり、ルパ子は山手線沿いに住んでいるってことなのよ」

 ルパ子の大ファンである秋菜は、ルパ子の正体についても毎日の推理を欠かさない。彼女によると、ルパ子はフランス人で、大学の留学生だという話だ。

「やっぱルパ子の正体は、声優学校の生徒だと思うわ」

 大学の留学生という推理はどうした!と突っ込みかけて、波留はなんとか自制する。

「へえ、そうなんだ」

 と相づちをうちが、さすがに眉のあたりがヒクヒクしてしまう。


「なにが怪盗だよ」

 と、そこへクラス委員の明智亮馬が教室に入ってきた。

 成績優秀、運動神経抜群。おまけに人形みたいに整った顔。さらに性格もいい。亮馬は、クラスの女子ばかりではなく、男子にも人気がある生徒だ。


 亮馬のお父さんは警察署長。で、お兄さんは刑事。そして亮馬も警察官志望だという。

「きのうぼくの兄さんがもう少しでルパ子を捕まえるところだったんだ」亮馬はクラスのみんなに聞こえるよう、大きな声で話し出す。「だけど、あと少しというところで逃げられたらしい。だが、兄さんがいうには、ルパ子のパターンはつかんだらしいから、つぎに出たときは、必ず捕まえるって言ってたよ」


「なに言ってるのよ」秋菜が言い返す。「ルパ子が警察なんかに捕まるわけ、ないじゃん。なにしろ、ルパ子は怪盗なんだから!」


「なにが怪盗だ」亮馬も負けてはいない。「あんなの、ただの泥棒だ。ただの窃盗犯さ。ルパ子なんて、犯罪者なんだぞ。警察につかまって当たり前じゃないか」

「ルパ子は正義の怪盗なの!」

「ただの泥棒さ」


「まあまあ」仕方ないので波留が割って入る。「やめなよ、二人とも」

「でも、波留なら分かってくれるよね。ルパ子が正義の味方だってこと」

「いやぁ」ちょっと困ったが、まじめな顔で答える。「泥棒は悪いことだよ。ルパ子は、だから悪い奴だよ」

 と口では言っておいて、心の中ではちがうことを思う。

(ありがとう、秋菜。君はやっぱりあたしの親友だよ)


「さすが、有瀬さんだ」亮馬が大きくうなずく。彼は波留のことを見つめて、頬をほころばせた。「兄さんが言っていたよ。もうパターンはつかんだから、つぎは絶対捕まえるってさ。期待しててよ」

「うん、お兄さんにがんばってって伝えてね」

 波留はにっこり笑う。

 でも、心の中では警察をバカにしていた。

(なにがパターンをつかんだ、だよ。わたしは一度だって同じパターンで盗みをしてないから。なぜなら、怪盗の盗みは、華麗で、美しく、あざやかでなければならないからね)


 おじいちゃんが言っていた。

『能あるタカは爪隠す。能ある怪盗は、本心を隠す』と。

 波留は内心腹を立てていたが、そんな本心はまったく見せずに、亮馬ににっこりと笑顔をみせた。

 なぜだが、亮馬がぼっと顔を真っ赤にするが、波留はそんな彼のことを見てはいなかった。

 ルパ子を捕まえると息巻いている警察に腹を立てていたからだ。

(警察には、ルパ子より先に捕まえなければならない悪い奴が大勢いるじゃないの。そいつらを先に捕まえなさいよ)

 波留は、笑顔の形にかたまってしまった表情のまま、くるりと踵を返すと自分の席にもどってゆく。

(ああ、なんか腹が立つ。今日は甘いものでも食べに行かなきゃ)



「ねえ、波留。今日宇、帰りに喫茶店によってかない?」

 波留が秋菜にそう誘われたのは放課後。あまいものが食べたかった波留は、ぜったい行きたいと思ったのだが、そこは冷静に返答する。

「でも、中学生が帰りに喫茶店に寄ったりしたら、まずいんじゃないの?」

「だいじょぶだって」秋菜は吹き出すように笑う。「だって、うちのおばあちゃんのお店だから」

「そうなの?」


 秋菜の説明によると、彼女のおばあちゃんはずっと昔から自宅の一階を改装してお店を開いているらしい。そのお店は喫茶店で、名前は『ブラック・ジャック』。

「おばあちゃんはね、武藤純子っていう名前なの。で、武藤の武からBと、純子の純からJをとって、『ブラック・ジャック』って名前にしたらしいんだ。ま、武藤むとうだから、本当はBじゃなくてMなんだろうけど」

「へー、おもしろそう。行ってみたいな」

「よかった。波留も気にいると思うよ。すっごく雰囲気のいい喫茶店だから」


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