第3章 先生を取り戻せ

第26話 先生がきた


 6月。波留たちの学校に、教育実習の先生たちが来た。


 体育館で行われる全校朝礼で、先生たちの列に、見たことない若い人たちが緊張した様子で並び、そのあと校長先生から「今日から教育実習でみえられた先生方です」と紹介があった。背の高い髪の長い美人の先生とか、背の低い丸っこい男の人とか、5人くらいいたのだが、その中に、長身で眼鏡をかけた格好いい先生がいた。

 朝礼が終わり、教室に戻る途中でさっそく秋菜が波留に話しかけてきて、「あの眼鏡の先生がうちのクラスだといいね」と期待に目を輝かせていた。


 そのあとさっそく教育実習の先生たちが、各クラスにやってくるのだが、波留たちの担任の福島先生という太った女の先生がつれてきたのが、その眼鏡の格好良い先生だった。


「森屋瞬介です」

 さわやかな笑顔で教育実習の先生が自己紹介すると、女子生徒たちから歓声があがる。

 まあ、無理もないかな、と波留も思った。

 たしかに、ちょっと格好いい先生である。目もきらきらしていて、にこりと笑う顔は可愛らしい。八重歯がチャーミングだった。

 波留が秋菜の様子を盗み見ると、彼女はもうぼーっとして、告白でもされたみたいに頬を赤らめていた。ただのあいさつだっていうのに。


 森屋先生の担当は、理科。アメリカに留学して、マサチューセッツ工科大学という大学を出たらしい。そして、教師をめざして東京の大学に入り直し、教育学部に所属しているそうだ。


 そのあと、さっそく森屋先生の授業が始まるのだが、教え方も丁寧で、すごく分かりやすい。実習なんかしないで、いますぐ先生になってもらいたいくらいだった。

 森屋先生の授業があまりに素晴しかったため、休み時間になるとみんなして「福島先生に変わってずっと森屋先生が理科を教えてくれればいいのに」という話でクラス中がもりあがった。

 あの明智亮馬でさえ、「彼がずっと教えてくれたら、受験にもきっと有利だよ」と感心していたくらいだ。


 だもんだから、もう秋菜なんて、森屋先生の大ファンである。休み時間になると教科書をもって職員室に質問に行き、どさくさ紛れに先生の誕生日や好きな食べ物を聞いてきていた。

 授業の質問しろよ、と波留は苦笑したが。


「でも、教育実習だから、2週間くらいでいなくなっちゃうんでしょ」

 波留もすこし残念に思うのだが、その言葉に秋菜がシリアスな顔でうなずく。


「そうなのよ。その2週間にうちにどうやって先生の彼女になるかが重要だわ」

(彼女になる気かよ……)

 そう思って、さすがに呆れた波留だが、それは口にも顔にもに出さない。



 そんなことがあった森屋先生の実習初日。

 家に帰った波留は、いつものごとく金田一の部屋にもぐりこみ、彼に森屋先生のことを話したのだ。


「すごい格好良くて、背も高くて、さわやかで、おまけに教え方も超うまいんだよ。あれじゃあ秋菜でなくても、好きになっちゃうかな」


 わざと金田一のまえで森屋先生のことを褒めたのだが、金田一の反応は波留の予想したものとはちょっと違った。


「マサチューセッツ工科大学を出て、中学の先生を目指しているの? なんで?」

「なんで?って、先生になりたいからじゃないの?」

「いや、マサチューセッツ工科大学っていえばMITの略で知られる天才校だよ。わざわざMITを卒業して、たかが中学の先生目指す人なんていないでしょ。天才科学者目指すっていうのなら分かるけど」

「天才科学者って、……目指すものなの?」

「いや、だから、言葉のあやだけど」

 金田一は首をかしげる。

「なんか、変だなぁ……」


 このときの金田一の疑問は、のちに大きな事件につながるのだが、この時点では波留も金田一もそこまでは予測できなかった。これがまさか、あんな真相を呼ぶなんてことは……。


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