第27話 誘拐事件発生
森屋先生がきて、一週間が過ぎた。
みんなも先生に慣れてきて、先生も学校に慣れてきた。
森屋先生の教え方はすごく上手で、そのうえ優しい。どんな難しい質問にも答えてくれるし、生徒の悩みにも真剣に答えてくれる。先生の人気は、日が立つごとに上がっていった。
教員室の先生のデスクの周りにはいつもファンの女の子が集まり、廊下を歩くと男子生徒も先生に声を掛ける。
ただし、帰るときは、先生が生徒たちに「駄目」といっているらしく、くっついて歩く女子たちはいない。
その日、靴を履き替えて校門へ向かっていた波留と秋菜は、偶然帰りが森屋先生と重なった。今日は森屋先生、ずいぶん早く帰るようだ。
「さようなら」
すかさず秋菜が大きな声であいさつする。
「ああ、さようなら」
さわやかな笑顔で会釈する森屋先生。
もうそれだけで、秋菜はぽーっとなっている。
手にビジネス・バッグをさげてさっそうと歩く森屋先生はたしかに格好いい。脚も長いし、スタイルも抜群だ。まるでモデルのよう。
長い脚でさっさっさっと歩く先生は、スマートな動作で校門を出て行く。
その向こうでキーっという車のブレーキの音が甲高く響いた。
「うわっ」
先生が悲鳴をあげる。
「えっ?」
いっしゅん顔を見合わせた波留と秋菜は、慌てて駆けだした。
校門を飛び出すと、ちょうど急停止したアルファードのサイドドアから、サングラスの男たちが飛び出してくるところだった。
ひと目でヤクザとかハングレ集団と分かる、柄の悪い連中。身体も大きく、サングラスで顔を隠し、太い腕には入れ墨、革のジャケットにはシルバーのチェーン。そんな奴らが森屋先生に襲い掛かり、先生の手足をつかむと、強引に車の中に押し込んでいる。
「やめろ! 何するんだ。おまえら、何者だ!」
先生の抵抗もむなしく、男たちが先生を車の後席に力ずくでおしこみ、黒のアルファードは急発進した。
「ええっ、先生!」
目を丸くして、走り去る大きな車のテールを見送った秋菜は、「福島先生に言わなくちゃ。いや、警察に通報か!」と叫んで波留を振り返るが、そこに親友の姿はなかった。
誘拐された先生とともに、親友の波留の姿も消えていた。
先生が謎の男たちに連れ去られる!
そう思った波留は、すかさず踵をかえして走り出していた。
校門のまえの通りは、まっすぐいっても細道。広い道路にでるためには、左折して左折して裏門の前を通って、そこから右折する必要がある。
つまり、ぐるっと学校の周りを半周する必要があるのだ。
それを先読みした波留は、車が走るのと反対方向へ駆ける。陸上部も顔負けのスタート・ダッシュで飛び出し、中庭を突っ切って、渡り廊下を飛び越え、体育館の裏の壁を三角跳びの要領で蹴ってジャンプし、学校の塀の上に飛び乗る。
左をみると案の定、狭い道を乱暴な速度で走ってくる黒のアルファード。
波留は塀際に植えられた銀杏の幹に身を隠しながら、ポケットから出したマグネットつきのGPSバッジを指ではじいた。
ぴーんと飛んだGPSバッジは、強烈なマグネットでアルファードの屋根に貼りついた。
車高の高い車だから、あの位置についていると案外見つからないかもしれない。が、とにかく波留はスマホで金田一に連絡する。
八コールでやっと波留の通話に出た金田一。
「ちょっと、こんな時間に寝てるんじゃないわよ」
「いいだろ。いつ寝てようと」
ちょっと不機嫌な金田一の声。本当に寝ていたみたい。
「それより、ナンバーワンのGPSバッジを追跡して」
「んん? なんかあったのか?」
答える声にかぶって、キーボードの音が響く。すでに追跡開始しているようだ。こういうところは頼りになる。
「OK。ばっちり追跡できている。結果は夜に聞くかい?」
「いえ、このあとすぐに行くから。事案は誘拐事件。人命にもかかわることだから」
波留が金田一の部屋に飛びこめたのは、夕方かなり遅い時間になってからだった。
「遅くない? ずいぶん待ったけど」
金田一が不機嫌そうに振り返る。
「それがさぁ」
ちょっとつかれた感じで波留が事情を語る。
「秋菜が警察に通報したんだけど、なんで勝手に警察に通報するんだって先生に怒られてさ。それで、ちょっともめてたのよ」
「へー」
金田一が嬉しそうに笑った。
「目の前で誘拐事件が発生していたら、中学生だろうが小学生だろうが、すぐに警察に通報しなければ駄目だよね。あたりまえの話だ。それを間違いだという教師がいたわけだ。あいつら教師は、大学出て社会経験もつまずにいきなり子供相手ばかりしているから、そんなふうに低能なやつが多い。ぼくが学校にいかないのは、そういうわけさ」
「あんたの、学校にいかない理由の正当化はまた今度にしてよ。いまは誘拐事件」
「はいはい、分かりましたよ。で、到着した警察はどうしたの?」
「とりあえず、先生に、秋菜の通報は正しい行動ですと弁護してくれて、で、どんな車かきいてたね」
「車のナンバーは?」
「秋菜がそんなの覚えているはずない」
「波留は?」
「いやー」波留は頭をかいた。「GPS追跡機、貼り付けるのに夢中ですっかり忘れてたわ」
「いかにも、怪盗らしい」金田一はパソコンの画面を波留に向けた。「いま、その黒いアルファードはここにいる。まっすぐこのポイントに到達して、それっきり動いていない」
「どこにいるの?」
「帝王ホテルだね」
「帝王ホテル? それ高級ホテル?」
「最高級」
「誘拐犯がそこに宿泊しているってことか」波留は腕組みした。「先生もそこかな?」
「たぶんね。途中で寄り道していないから」
「警察に通報しようか」
波留がまじめな顔でいう。
「まさか」
金田一が笑った。
「なにがおかしいのよ」
「どう事情を説明するのさ。わたしは怪盗なんで、誘拐犯の車に探知機をつけましたー、とでも言うのかい?」
「べつに、善意の市民からの通報でいいじゃない」
「これが廃墟や使われていない倉庫なら、警察も見に行くくらいするだろうけど、帝王ホテルの部屋なんか、すぐに捜査令状下りないし、そもそも確たる証拠もなしに宿泊客の部屋のドアをノックすることすら難しい」
「うーん、でも先生は誘拐されて、ここにいるのよね?」
「確証はないが、普通に考えてそうだ。まあ、成人男性を誘拐して、帝王ホテルの部屋に監禁する誘拐犯がいるかどうかは、ぼくは疑問だけどね」
「うーん」波留はパソコンの画面を見つめて、大きく唸った。「じゃー、やるか」
「は? やるって、なにを?」
「わたしは怪盗。誘拐された先生を、ホテルの部屋から盗むのよ」
「おいおい。盗むって、相手は人間だぞ。しかも、ホテルの部屋からなんて無理だよ」
波留はにやりと笑って、ポーズを決めた。
「わたしは、美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子よ。わたしに、盗めないものはない!」
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