第28話 誘拐された先生を追え
森屋先生が誘拐されたというニュースは、またたく間に学校中にひろがった。
翌日の朝から、みんなその話題で持ちきりである。中には泣いている女子もいた。
クラス中の男子と女子に囲まれた明智亮馬が、警察の捜査の状況を説明している。
誘拐事件は大事件であるし、警視庁の捜査1課と、亮馬の兄が所属する所轄の防犯課が共同で捜査を行うらしい。まあ、そこまでの情報は、とくに亮馬から聞かなくてもだいたい想像できるのだが、逆にそれ以上の情報となると亮馬にも知らされていないみたいだ。
まあ、家族とは言え、捜査情報をぺらぺら喋るようでは、亮馬の兄も警察官失格だけど。
「誘拐事件は、初動捜査が重要なんだ。いま先生を連れ去った車の特定を急いでいる。たとえば、マンションのエントランスとか、コンビニの駐車場とかに監視カメラがあるだろう? その映像を集めて、黒のアルファードがどこを走ったかを調べているんだ」
じつは、黒のアルファードがどこをどう走ったかは、暇な金田一がきのうの時点ですでに調べてくれていた。
金田一はそのルートを見て、すごく感心していた。
「けっこうな速度で細い道を走っているんだけど、コンビニや銀行、郵便局、コイン・パーキングなんかの、監視カメラがあるルートを徹底的に避けているよ。これだと、警察は誘拐犯の足取りを追うのに苦労しそうだね」
「誘拐事件では、人質が殺される確率が高いってきいたけど、先生、大丈夫かな?」
波留は心配するが、金田一はドライだ。
「ま、それは心配してもしかたないっしょ。そう思うんなら、警察に届ければいいじゃないか。でも、その心配は無用だと思うよ。人質を傷つけるのなら、高級ホテルに泊まらない。どこかの倉庫とか廃ビルとかに潜むはずだ。っていうか逆に、なんで高級ホテルなんだろう?」
「とにかく、ホテルに忍び込んでみないと何も分からないね。明日、学校さぼって、ホテルに行ってみるわ。ホテルは分かったけれど、どの部屋に先生がいるのかを調べないと」
「わかった。でも、気をつけてくれよ。波留は怪盗で、スパイじゃないんだからね」
「平気よ。世界で働く一流のスパイが何人も、おじいちゃんに教えを乞いに来ていたくらいだから。探るだけのスパイの仕事なんて、予告して盗んで逃げる怪盗の仕事よりずっと簡単なんだから」
だが、翌朝、まずいことに、いつもいない母が家にいた。きょうは仕事が休みのようだ。
仕方なく、いちど学校へ行くふりをして外に出る。そのあとそっと玄関のカギをあけ、音を立てずに忍び込んだ。自分の家だけど。
気づかれないように二階にあがり、きのうの夜のうちに用意しておいたスーツケースを窓から金田一の部屋に投げ込んだ。
「ねえ、波留。いま、でっかいスーツケースを、ぼくのベッドのうえに放り投げていたけど、あそこにぼくが寝ていたらどうするつもりだったんだい?」
「まあ、おなじように放り投げたかしら」
「まあ、そうだろうね」
金田一は肩をすくめた。
「ごめん、お母さんが家にいるのよ。ここで着替えさせて」
「いいよ。でも、もしかしたら、ぼくがいきなり振り返ったりするかもよ」
金田一がいじわるく笑う。
「平気よ」
といって、波留はくるりとターンした。
その瞬間、学校の制服姿から、ちょっと大人っぽい私服にチェンジする。
まるで、手品のような着替えだった。
「え? それどうやるの?」
金田一が目を丸くする。
「怪盗術のひとつ。下にあらかじめ着ておいて、上を脱ぐのよ」
「脱いだ服は?」
「秘密よ」
そういって波留は鏡の前に立つと、大人っぽいブラウスの襟をちょいと直した。ブラウスの上は、スーツ。いちおう仕事で帝王ホテルに宿泊するという設定の変装である。もちろん実際に宿泊はしないのだが。
「じゃ、行ってくるわ」
波留はスーツケースを引きずると、さっそうと金田一の部屋を出た。
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