第29話 この部屋に先生はいる
帝王ホテルがあるのは東京丸の内。高層ビルが林のように立ち並ぶ大手町と、雄大な自然がひろがる皇居のあいだ。大正時代をおもわせるクラシックな建築物。ただし中に入ると最新式の内装。ぴしりとした制服に身を包んだポーターが、波留の姿を認めると、すかさず近寄って、「お荷物をお預かりいたしましょうか?」たずねてくる。
「だいじょうぶですわ」
と丁寧にお断りし、ロビーのソファーに腰をおろす。
スマート・ウォッチの通信機能を開いて、金田一に連絡をとる。
「いま、ホテルについた。なにか新情報はある?」
『犯人のアルファードが動いている。買い物か、食事か』
「どこにいるの?」
『秋葉原近辺。また動き出した。そっちに向かっている』
「ということは、駐車場から、犯人たちが宿泊している部屋まで移動する可能性が高いわね。こっちで補足して、追跡する」
『気をつけてくれよ。相手は誘拐犯だ。気づかれないように』
「それ、だれに言っているのよ。失礼しちゃうわね。わたしは美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子よ」
『はい、そうでした。でも、人質もいるから、気をつけて』
「慎重に動くわ」
波留はスーツケースを引きずって、廊下に出た。わざわざスーツケースを持ってきたのは、ホテルでは手ぶらだとかえって目立つからだ。
気持ち急ぎ足で歩く波留のヒールを、ふかふかのカーペットがやわらかく受け止める。足音が響かないのはいい。
エレベーターへ直行し、そこから地下駐車場へ。急ぐでもなく、ゆっくりでもなく。
ホテルの中にはあちこちに監視カメラがある。だからといって、そのカメラで始終警備員がフロアの様子を監視しているかというと、そんなことはない。が、優秀なデジタルカメラの解像度は高いし、映像データは何年分も保存できるのだ。
録画はされているが、だれもチェックはしない。だが、証拠は残ることになる。そのために、きちんと変装はしている。
『もう到着する』
金田一から連絡が入る。
タイミングを計りながら、駐車場を歩く。
極力ふつうの調子で地下駐車場を歩いていると、前方からヘッドライトを光らせて走ってくる黒い大型の車が見えた。黒のアルファード。あれだ。
波留はするりと駐車している車の列に入り込み、アルファードが駐車する位置を先読みして移動する。
すこし先でアルファードが止まった。横のドアが開いて、中から何人かの男が出てくる。
黒いスーツにサングラスの男たち。豪華客船『クイーン・クリスタル』号にいた犯罪組織『シャドー』の男たちにそっくりだ。もしかして先生誘拐にも『シャドー』が絡んでいるのだろうか。
車から降りてきた男たちに囲まれるように、森屋先生が姿を現す。
先生の前後を男たちが囲み、先生が逃げられないようにして、ゆっくりと歩く。
先生は緊張したように左右を見回しているが、怪我をしているようには見えない。とりあえずは無事。
男たちは先生を逃がさないように隊列をくみ、無言でエレベーターの方へ向かう。
波留はしらーっと追跡し、彼らがエレベーターに乗り込むタイミングに合わせて、「すみませーん」と声かけて、おなじ箱にすべりこんだ。
押されているボタンは十九階。波留はとぼけて十八階を押す。エレベーターの箱は大きく、男たちと波留が乗り込んでも、まだまだ余裕がある。
ちらりと先生の様子をうかがうが、男たちに囲まれてもそれほど緊張している様子はない。酷い目には合わされていない様子。先生がこちらをちらりとみるが、波留は視線をそらす。変装しているので、気づかれない。
ボタンを押した十八階でエレベーターを降りると、波留は廊下を走った。
非常階段を駆け上がって、十九階へ。音を立てずに扉をあけ、影のように廊下に忍び込む。そっと影から様子をうかがうと、黒いスーツの男たちと先生が、ふかふかの絨毯の上を、音もたてずに歩いている。
様子をうかがい、彼らが入る部屋を目で追う。
廊下の、奥から三番目。男たちが部屋の中に入り、ドアが閉まるのを確認した波留は、音もなく、風のように駆け出した。
いま先生が連れ込まれた部屋番号を確認し、ドアに耳を当てて中の様子を探る。
室内からは、男たちが笑いながらなにかを話している声が聞こえるが、内容までは分からない。だが、この部屋で間違いなし。
1920号室。オッケー。
まずは第一の目的達成。何食わぬ顔で、その場を立ち去る。
「金田一、先生が捕まっている部屋を確認できた」
波留は金田一へ連絡し、状況を簡単に報告した。
『犯罪組織「シャドー」の連中なの? それほんと?』
「あんな、黒いスーツに黒いサングラスなんてセンスない格好で行動する集団は、犯罪組織『シャドー』以外いないでしょ?」
『まあ、そうだけど。いずれにしろ、誘拐犯の正体がなんであれ、十分注意してよ。それにしても「シャドー」のやつら、秋葉原で何していたんだろう?』
「どうでもいいじゃない。悪い奴らなんだから、他の場所で悪いことでもしてたんじゃないの?」
『でも、誘拐した森屋先生を連れて行ってたんだよね?』
「ん?」波留は首を傾げた。たしかに、それはそうだ。「そういえば、なんでだろう?」
『まあ、それは、先生を助けた後、先生本人に聞けばいいんじゃない?』
「そうね」
波留は通信を切ると、今度はホテルの外へ出た。
先生が囚われている部屋の中を探るためだ。
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