第30話 部屋の中の先生


 先生が監禁されている部屋の中を探るのは、ホテルの中からでは不可能。

 波留はホテルの前の通りに出て、つごうのいいビルを物色する。

 通りの対面に建つ、すらりと背の高い高層ビルをみつけ、それに決める。

 ビルとビルのあいだの狭い隙間へ音もなく入り込み、奥にある鉄の格子戸をなんなく飛び越える。

 怪盗が飛び越えるには、簡単な部類。ぽんと跳んで、取っ手に足をかけ、そこからひらりと向こう側へ着地した。


 奥にあるカギのかかってない鉄のドアから中に入り、普通の調子で廊下を歩き、エレベーターホールへ。

 扉の前に並んでいた人の列にまぎれ、ちょうどきたエレベーターの箱にのりこむ。その混雑のどさくさに紛れて、つんと澄ましたスーツ姿の女性が首からぶら下げているIDカードをすり取る。一瞬のうちにフックを外して、カードを頂戴し、波留はそれを自分の首にかけた。

 そして、大きな顔をして二十階へ。



 先生が囚われている部屋は、十九階。ならばその部屋をのぞくには、少なくとも二十階からである必要がある。低い部屋からでは中がのぞけないから。


 二十階にある、ホテルの中がのぞける部屋。

 波留は人の気配のないドアを開いて、中に入る。使われていない会議室のようだ。

 窓際に立ち、通りの向こうのホテルを眺めた。

 通りの向こうにあるホテルの窓の中をのぞくには、距離がありすぎるし、窓にサングラス処理がされていて難しい。

 波留はスーツの内ポケットから、平賀屋特製の片眼鏡モノクルを出すと、目にはめた。

 平賀屋特製のモノクルは、ズームが利き、赤外線も見ることができる。赤外線は物を透過する効率が高いのだ。

 赤外線モードを使用して、最大ズームまで拡大倍率をあげると、ホテルの部屋の中がばっちりのぞける。

「よし」

 波留はちいさくつぶやくと、窓を数える。1920号室だから……。

(あった。あの部屋だ)

 波留は見つけた部屋の中の様子に目を凝らした。


 大きな部屋だ。二つの部屋が続いたスイート・ルーム。片方の部屋で先生が犯人たちとにこやかに話している。暴力を受けたり、拘束されていない。少し意外な感じ。なんか犯人たちと仲がいい。

 

 犯人たちが秋葉原で買ってきた荷物を開き、先生はとなりの個室へ入る。

 それとほぼ同時に、犯人の一人がエントランス・ドアを開き、ホテルの従業員が入ってくる。

 入って来た従業員は、黒い制服をきた女性。大きなサービス・ワゴンを押して奥の部屋に入ると、しばらくして空のワゴンを押して出てきた。犯人たちに一礼すると、そのまま出ていく。

 どうやら先生の、すこし遅めの昼食を運んで来たようだ。


 昼食をとるのは先生だけらしい。犯人たちは食べないのか、あるいは食べる時間が違うのか。

 それにしても、先生と犯人が和やかな雰囲気だ。

 先生のキャラがいいから、犯人からもある程度信頼されているのかもしれない。あるいは先生の社交性が高いから、犯人たちも気を許しているのか。

 どちらにしろ、この状態なら、先生の救出も難しくなさそうだ。


 やれる。

 波留は確信した。

 先生を盗み出せる。




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