第31話 ヘルプで来たのは、嘘ではない


 ホテルのロビーにもどった波留は、周囲に目を配りながら、手首に巻いたベビーGの通信機能を開く。

「室内の様子を確認した。先生と犯人たちは悪い雰囲気ではなかったわ。命の危険があるようには見えないけれど、早く助けてあげたいな」

「うん。そこは賛成なんだけど……」

 金田一の言葉はどうも歯切れが悪い。

「なによ?」

「一応アルファードの移動履歴を整理したんだ。もし先生もいっしょに移動していたとなると、不思議なことがわかる」

「どういうこと?」

「あのアルファードは、先生を誘拐した後、川崎工業地帯の貸倉庫へ直行している。そのあと、一度ホテルへ行き、昼過ぎにもう一度出発して貸倉庫へ。夜にはまたホテルへ戻ってきている」

「つまり?」

「もし車に先生が乗っていたというのなら、『シャドー』は先生になにかをやらせている。それが誘拐の目的なんじゃないかな?」

「営利誘拐じゃないってことね。なにかを先生にさせている……か。それが終了すれば、先生は解放されるのかな?」

「もしくは、始末されるね」

「物騒なこと言わないでよ」

 とは言ったものの……。

 誘拐事件は誘拐事件なのだから、早く助けるにこしたことはない。

「今晩やるわ」

「え? 速くない?」

「先生の身に危険が迫っている。急いだほうがいいよ」

「だけど、……どうやって?」金田一の声がかすれている。「ホテルの部屋の、そのまた奥の部屋に先生はいるわけだろ? 手前の部屋には『シャドー』の連中が三人もいる。拳銃だってもってるかもしれない。危険すぎるし、不可能だよ」


「危険だし、不可能よね」波留は笑った。「だからこそ、ルパ子は挑む」

 ホテルのロビーでひとり立ち上がり、波留は小さくポーズを決めた。

「アルセーヌ・ルパ子に、盗めないものは、ない」



 今夜やると決めた理由のひとつに、母が夜勤で帰らないから、というのもある。

 父はいるが、友達の家に泊まりに行くと言えば、それ以上は聞いてこない人だ。

 波留は、昼間とはちがう変装をすると、荷物をまとめて、父に顔を合わさないようにして家を出た。

 電車に乗って帝王ホテルまで。

 現在の波留はスーツ姿。ちょっと背の低いビジネス・ウーマンという変装。その姿で、するりとホテルの正面エントランスから入り、そのまま従業員用通路へ潜り込む。

 バックヤードの階段をつかって、一階から地下一階へ。


 ほんらい従業員以外入れない場所なので、人の気配をさけて進む波留。

 廊下の様子を探り、人の歩いたあとが多い場所を音もなく駆け抜け、いくつかのドアを確認する。目的の部屋はすぐにみつかった。カギはかかっていない。


 波留は影のように忍び込むと、並んでいるロッカーのカギをクリップであけた。ピッキング解錠の技は、怪盗術の初歩の初歩だ。波留は息をするように解錠できる。


(だれのロッカーか知らないけど、お借りするわね)

 波留はロッカーの中にかかっていた客室係の制服を盗んだ。

 制服に着替えて、胸にバッチをつける。これでオッケー。制服とバッチさえつけていれば、もう従業員か怪盗かは見分けがつかない。商業施設とはそういうものだ。


 そのまま客室係の制服で従業員通路をさっそうと歩き、レストランの厨房へ直行。

 ちょうどいまは夕食時。レストランはフロアもキッチンもてんてこ舞いである。波留は廊下にあったサービス・ワゴンを拝借すると、キッチンからデシャップの台に置かれている料理に手を伸ばす。本来はフロアの従業員の手で運ばれて、お客さんのテーブルへ並べられるはずの料理だが、それを波留は手際よくワゴンにのせた。

「四番のテーブルだ」

 キッチンの中からコックが告げてくる。

「はい」

 波留はにっこり笑って、サービス・ワゴンに料理をのせてゆく。

「ん? きみ、だれだっけ?」

 知らない顔におどろいたコックが不審な顔をする。

「ヘルプできてます」

 笑顔で答え、波留はワゴンを押してフロアの方へ。

 そして、そのままレストランから出て行った。


 途中の通路に隠してあった荷物を開き、手早く用意。

 ワゴンの下に用意してきた機械をいれ、周囲を布で覆って見えないようにする。これで、準備は完了。料理が冷めないうちに、早く上に行かねば。


 従業員用エレベーターで十九階へ。

 客室廊下へ出て、ワゴンをしずしずと押す。

 先生が捕まっている1920号室の前までいき、インターホンのボタンを押した。

「はい」

 低い男の声が、こたえる。

「お食事をお持ちいたしました」

 波留はふつうの調子でインターホンに伝える。

 さあ、ここからが本番だ。


(美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子が、見事に先生を盗み出してみせるから)


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