第25話 コンドル、無事に帰宅する


 横浜ベイブリッジを越えて少し航行したところで、豪華客船『クイーン・クリスタル』号は海上保安庁の巡視艇によって停船させられた。

 そして、そのまま横浜まで引き返し、接弦するやいなや警察の立ち入り検査を受けた。


 その結果、船倉に積み込まれていた大量の密輸品が発見され、大事件に発展した。

 なにしろ、世界中を旅していた豪華客船である。密輸は世界的な規模で行われていたのだ。


 その捜査で、三日間働きづめだったコンドルは、桜木町のホテルでぐったり休むと、かねてから取る予定だった休暇をもらえることになった。

 久しぶりに家に帰って、娘の顔でも見ることにする。


 コンドルは変装の達人であり、その素顔は家族にすら見せない。

 ホテルの部屋を昼過ぎに引き払い、変装した姿で自分の家へと向かう。家族に見せるコンドルのいつわりの姿は、ちょっと太ったおっさん。


 しわくちゃのワイシャツとちょっとよれたネクタイ。でっぷり出たお腹。あまりカッコいいとはいえない姿だが、これも仕事のうち。家族を守るためである。

 インターポールの捜査官は、犯罪者から狙われることが多い。その被害は家族におよぶこともあるのだ。


 なつかしの我が家に到着したのは夜。

 どこにいったか見つからない家の鍵をさんざん探して、やっと中に入る。


 明るくて、あたたかい家庭のにおい。

 玄関で「ただいまー」と大きな声でいうと、愛する妻が出てきた。

「お帰りなさい」


 ちなみに妻は、コンドルの正体を知っている。彼女もじつはインターポールの非正規捜査官で、しかも凄腕のスナイパーである。

「ただいま」もう一度ちいさく言ってから、娘のことをたずねる。「波留は?」


「さあ?」

 妻は呆れたように肩をすくめた。

「また、お隣の金田一くんの部屋に行ってるんじゃないの?」

「変な関係じゃないだろうなぁ」

 コンドルが父親らしい心配をすると、妻が笑う。

「さあて、どうかしら」

「それにしても」上の階の気配をうかがいつつコンドルは怒ったような声を出す。「アルセーヌ・ルパ子って、そんなもの、いつから始まってたんだ。しばらく日本にいない間に、なんかとんでもないことになってるじゃないか」


お義父さんおじいちゃんが亡くなって、しばらくしてからかしらね」

 妻は笑う。

「怪盗術を教えたのは、おじいちゃんでしょうけど、始めたのはあの子の意志ね」


「はあー」

 コンドルは大きくため息をついた。

「なんとかやめさせられないかな。俺はインターポールの捜査官なんだよ。娘が怪盗だなんて、そりゃ困るよ」


「無理じゃないの?」妻の言葉はそっけない。「だって、そういう血筋でしょ」




 そのころ金田一の部屋にいた波留は、彼に見せてもらったパソコンの画面をみて首を傾げていた。

 それは豪華客船『クイーン・クリスタル』号のを所持する船会社のホームページなのだが、そこにこんな告知が掲載されていた。


『人工ルビーはまだまだあります』と銘うって、ずらりと並べられたいくつもの『スーパー・ノヴァ』の画像が貼られている。


「なにこれ?」

 波留がたずねると、金田一が肩をすくめる。


「つまり、ひとつ盗まれても、まだまだ作れるから困らないってことじゃないかな。たぶんこのルビーをルパ子が売ろうとしても、値がつかないように画策してるんだと思うよ」


「つまんないことするわね」

 もともと波留はルビーを売ろうとして盗んだのではない。人工ルビーなのだから、価値がないのは分かっていた。犯罪組織『シャドー』からまんまと盗んでやることに意味があったのだ。


 事実、いま波留が盗んできた人工ルビー『スーパー・ノヴァ』は、金田一の部屋の置物になっている。たまにあれで肩をごりごりやると気持ちいいと金田一は言っていた。


 あのあと、『クイーン・クリスタル』号は警察の捜査の手が入り、『シャドー』のメンバーたちは逮捕された。ただし、幹部のタイガーはまんまと逃げおおせたらしい。彼は現在、全国指名手配中である。

 また『クイーン・クリスタル』号を所持する船会社も、『シャドー』と関係があったことで、いまや倒産の危機だという。であるのに、こんなルパ子への仕返しめいた空振り広告をホームページに掲載しているのだから、まったくもって……。


「華麗じゃないわ、この船会社」

 波留は、ふっと口元をほころばせた。

 そして、あの晩のことをちょっとだけ、思い出す。


 そういえば、あのおじさま、無事だったかしら? ちょっとかっこ良かったけど。





「あなた、しばらく日本にいるの?」

 妻にたずねられ、コンドルはうなずく。


「ああ。どうも犯罪組織『シャドー』が日本で大きな悪事を企んでいるようなんだ。それを探るために帰国したんだ。そっちが俺の本来のミッションだよ」


「それはまた、ずいぶんと不穏ね」


「また君の手を借りることになるかもしれない」

「はい」

「それと、これは極秘情報なんだが、『クイーン・クリスタル』号の船倉から、俺の追っていた荷物が消えているんだ。そいつは他の密輸品とは一線をかくす厄介なしろものなんだが……」

「…………」

「超高エネルギー物質『ギガニウム』。やつら、そんなもの日本にもちこんで、いったいなにをするつもりなのか……」


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