第9話 ルパ子参上
五月三日。祭日。ダルーレの『血と涙』を盗むと、ルパ子が予告した日。
きのう秋菜に、二人で『シャイン・ドリーム』に行こうよと誘われたが、波留はさすがに断った。秋菜は親友だから、できればいっしょに行ってあげたいのだが、その日は波留はものすごく忙しいのだ。
なにしろ、警備が厳しい中から、ダルーレの指輪『血と涙』を盗み出さなければならない。
朝早くから変装して出掛けた波留は、原宿駅に出来た行列にならぶ。
それは、駅前から『シャイン・ドリーム』までつづく行列だ。ルパ子の予告当日の『シャイン・ドリーム』を見学するために、みんなが大行列しているのだ。行列はお店から駅の近くまで続いていて、なんと警察が行列の整理にあたっていた。
警察は指輪の警備をしなくていいのかしらね?と思いながら、変装した波留は列の最後尾に並ぶ。
本日の波留の変装のテーマは、アニメ好きのお姉さん。
白いフリルのついたブラウスにリボンのタイ。黒いミニスカートはパニエで菊の花みたいに裾をひろげている。ボーダーのニーソックスに、厚底サンダル。アニメの紙手提げには、丸めたポスターが刺さっている。ちょっと場違いな変装だけど、今回はいろいろと必要な道具があって、それを隠し持つためのこの変装なのだ。
開店時間よりずいぶん早めに来たのに、行列は長い。とはいえ、並んでいればいずれは店内に入れる。波留が店内にいるとき、それがルパ子の現れる時間になるから、別に焦る必要はない。
その日の朝九時のことである。
宝石店『シャイン・ドリーム』のデブ店長は、大満足な笑顔を浮かべていた。
いつもは十一時開店の『シャイン・ドリーム』だが、今朝は二時間も早く入口のシャッターを開けた。
女子店員の誘導により、店の前に出来た行列の先頭から、客を店内へとゆっくりと入れる。
今日来た見物の客たちがなにも買わなくてもいいのだ。たくさんの人が店を見学し、また来たいと思ってくれれば宣伝効果は十分だし、そもそもこれだけ話題になっていることが何よりの宣伝になっている。いま日本中で、宝石店『シャイン・ドリーム』のことを知らない人間はいないのだ。日本中のみんなが、この店に注目している。しかも宣伝費は一銭も払っていない。
店内に誘導された客たちが、ガラスケースに陳列された
『血と涙』の横には警備員が立ち、ライブ配信用のカメラも置かれている。
本日は店内の撮影は禁止なので、見物客たちは『血と涙』の美しさを目に焼きつけながら、十一億円の
客はほぼ女性。『血と涙』を目にした彼女たちは口々に「今度来たときは写真撮ろうね」と語り合っていた。
「どうぞ、またお越しください」
デブ店長は彼女たちへ、にこやかに声を掛ける。
どんな理由でもいい。また来てもらう事。それが店にとって一番重要なのだ。
今は話題につれらて来店している彼女たち。だが、なんどか来るうちに、なにかの機会にアクセサリーを買おうという時、絶対にこの店のことを思い出す。それが大事なのだ。
デブ店長は、店内に溢れる女性たちの姿にほくほく顔。たまに混じっている男性も嬉しい。彼らは宝石店なんか興味ないし、今回もルパ子が来るということで、面白半分で列に並んでいるだけ。
だが、なにかの機会に恋人や奥さんにアクセサリーを買おうという時、彼らは確実にこの店を選ぶ。なにしろ、知っている宝石店はここだけだからだ。
この宣伝効果は大きい。どんなに宣伝費をかけても、男性に宝石店のCMを見せるのは難しい。テレビCMで流しても、男性はそんなもの一切おぼえていないのだから。
デブ店長は、アルセーヌ・ルパ子に感謝したいくらいだった。
あとはルパ子がじっさいに現れてくれて、さらなる話題を提供してくれれば最高だ。この警備、この頑丈な展示ケースは絶対に開けられないから、『血と涙』が盗まれる心配はまったくない。
だから、できることなら、盗みに失敗したルパ子を自分の手でつかまえて、その仮面を剥がす瞬間をライブ配信できれば……。
デブ店長は自分がルパ子を捕まえた英雄になった姿を想像して、ニヤニヤわくわくしていた。
「さあて、そろそろ昼休憩の時間かな?」
デブ店長は、手首に巻いた高級腕時計で時間を確認しようとして、ぎょっとなった。
デブ店長の腕時計の文字盤のところに、いつの間にかカードが貼られていたのだ。
そこにはこう印刷されていた。
『美少女怪盗 アルセーヌ・ルパ子参上』
「なにっ!」
デブ店長が叫んだ瞬間、店のあちこちで小さな爆発が起きた。
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