第8話 今回はあきらめたら?


「あー、でも、どーしよー!」

 金田一の部屋で、金田一のチョコ・ピーナッツを食べながら、クッションの上で波留はジタバタしていた。

「だから、無理だって」

 金田一はパソコンをいじりながら、背中ごしに波留にいう。

「まず、このガラス・ケースはロックが頑丈で開けられない。店長の指紋認証が必要だ。しかも開ければ警報が鳴る。展示場所は店の一番奥だし、店内には監視装置がたくさんあるし、夜は頑丈なシャッターがおりるし、昼は警備員が立っている。指輪を盗めるような隙がいっさいないよ」

「ガラスは割れないの?」

「正確にはガラスじゃないらしい。水族館なんかで使われているアクリルだね。透明度が高いから分かりづらいけど、ネットで調べたところによると、厚さが二十センチあるらしい」

「厚さ二十センチ!」さすがの波留も驚いた。「なにその厚さ。戦車の装甲じゃないんだから。もう、バッカじゃないの」

「フレームも頑丈で、チタン製。強度は航空機のフレーム並らしい。壊すのは難しいよ」

「しかも、カギは店長の指紋かぁー」

 波留はあきらめたように、ごろんと横になった。


 その様子を振り返った金田一が、

「今回はあきらめたら?」

 とひと言。

 寝転がりながら天井を見上げた波留は、「うーん」と低く唸る。

 盗むのは難しい。でも、予告状出しちゃったし、純子おばあちゃんには思い出の指輪を返してあげたいし……。

(問題は、どうやってあの展示ケースを開けるかよね)

 波留は半眼になって天井をみつめる。

 そして考える。ケースを開ける時とは、いったいどういう時だろう?と。

「………………」


 しばらくして、波留は起き上がった。

「ねえ、金田一。おじいちゃんの残してくれた怪盗アイテムの設計図のなかに煙幕爆弾ってあったよね。あのカプセルで作るやつ」

「え?」

 急に話しかけられて驚いた顔の金田一が振り返る。

「あるけど、煙幕はっても、あの指輪は盗めないでしょ」

「そうとは限らないわよ」

 波留は不敵に笑った。

「とにかく煙幕爆弾を作ってよ。そうね、最低でも十個」

「えー、でもあれ、材料費、けっこう高いんだけど」

「この前の百万円があるじゃない。あと、ここんちってプリンターあったっけ?」

「いや、ないけど。使うことないし」

「明日買いなさい。すごくいいやつ。プロが使うようなやつ」

「あの、そのお金は……」

「だから、このまえの百万円!」

「わかったよ、わかりました。でも、煙幕爆弾とかプリンターとか、何に使うんだよ……。って、あれ? もしかしてあの指輪を盗む気?」

 驚く金田一。

 だが、波留は不敵に微笑む。


「盗むよ。白昼堂々、ライブ配信の真っ最中にね」



 その日から波留と金田一は、ダルーレの『血と涙』を盗むための準備に大忙しだった。

 予告した日付は五月三日。祭日である。当日はライブ中継もされるが、それでもその場に居合わせたいと思うお客でお店は大混雑するだろう。『シャイン・ドリーム』のホームページでは、当日は入場制限をし、事前予約した人だけ中に入れるようにすると告知がされていた。

 あのデブ店長は、ルパ子の予告状を自分の店の宣伝に最大限使うつもりだ。つまり、絶対に盗まれない自信があるのだろう。だから、こんな大々的に宣伝して、人の注目を集め、話題づくりに専念しているのだ。


 だが、どうだろう? もし本当に『血と涙』がルパ子に盗まれたら。

 あのデブ店長は笑っていられるだろうか。

 おそらくデブ店長は、ライブ配信で注目を集め、店内をお客で満たせば、ルパ子が盗みに入れないと思っているに違いない。


「ま、あたしは盗むけどね」

 屋根裏にある隠し部屋。おじいちゃんの残してくれた怪盗倉庫にルパ子はいた。そこで、変装用の衣装を選びながら、ルパ子はうそぶく。

 おじいちゃんが教えてくれた先祖代々伝わる変装技術。そして、山ほど残してくれた変装道具。そして、なによりも、波留自身が、血のにじむような努力で手に入れた怪盗スキル。

 そう。それらがあれば可能なのだ。


「アルセーヌ・ルパ子に、盗めないものは、ない!」

 屋根裏の隠し部屋で、ひとり。ルパ子は勝利宣言した。

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