美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子の冒険

雲江斬太

第1章 ダルーレの指輪『血と涙』

第1話 怪盗は華麗でなければならない


『怪盗はいつも華麗でなければならない』


 おじいちゃんがそう教えてくれたから、美少女怪盗アルセーヌ・ルパ子はいつも華麗であろうと心掛けていた。


 だからいま、夜の繁華街のど真ん中で警官隊に追いかけられていても、ルパ子はいかに華麗に逃げるかを考えていたのだ。


「まてー、怪盗アルセーヌ・ルパ子!」

 追いかけてくる警官たちの先頭で若い刑事が、大声を上げる。


「ちょっと、あなた」

 ルパ子は走りながら背後を指さし、刑事の間違いを指摘する。

「怪盗じゃないわ。わたくしは美少女怪盗よ。美少女を省略しないの!」

「うるさい、怪盗め。止まるんだ」

 止まれと言われて止まる怪盗はいない。だって、止まれと言われて止まったら、それは怪盗でもないし、華麗でもないから。


 ルパ子はヒールの音を響かせて、ネオン灯が輝く繁華街を駆け抜ける。華麗に、そして風のように。


 足に履くのはサイハイ・ブーツ。ストッキングは黒。

 スカートはチェックのミニ。上着は、鼓笛隊の隊服に似た白のノースリーブ・チュニック。金のボタンとモールがついている。


 胸には、薔薇の花の形に結んだシルクのネクタイ。色は、闇夜でも目立つきらきらした深紅。


 肩には、べルベットのハーフ・マントを翼のようにまとう。

 腕をおおうのは、肘まである絹の白手袋。頭には、髪留めで固定したちいさなハット。


 腕時計は特別製のセイコー・レディースダイバー。胸ポケットの万年筆はパーカーの極細。



 どこからどう見ても、華麗な美少女怪盗である。

 ただし、素顔は舞踏会で使うようなマスクで隠しているので分からない。それでもキラキラした瞳と通った鼻筋、愛らしい頬の輪郭から、ルパ子が超絶美少女であることは誰が見ても分かるはずだ。


 そんな美少女怪盗が、繁華街のど真ん中を、警官に追われて走っているのだから、みんなの注目の的。

 しかもいまルパ子が、肩から下げているのは黒いナイロンバッグ。中には大量の札束が入っていて、それがごっそごっそと音をたてて揺れている。今夜の獲物である。

 これを渡すわけにはいかない。なにしろ今夜の獲物だから。

 重いバッグを肩にかけ、それでもルパ子は繁華街を風のように駆け抜ける。


 呆然と見つめる酔っ払いのおじさん。びっくりして振り返る居酒屋の呼び込みさん。指さして「あ、ルパ子よ!」と歓声を上げているのは会社帰りのおねえさんたち。

 おねえさんたちはあわててスマホを出して撮影を始めている。が、ルパ子の足は速い。あっというまに角を曲がり、線路ぎわの道に入ってしまう。


「まてー、ルパ子ー」

 警官たちも追いかける。

「もー、しつこいわね。しつこい男はクールじゃないわ」

 クールとは、格好いいという意味である。


 ルパ子が後ろを振り返って文句を言うと、腕時計に仕込まれた通信機が反応する。


『仕方ないさ。彼らは警官だからね。これが彼らの仕事、クールなわけがない』

「それより、金田一きんだいち。そろそろ振り切るから、例の仕掛け、準備して」


 金田一とは、ルパ子の協力者だ。ルパ子の幼馴染にして、引きこもり。学校には行っていない。本名は金田一郎というのだが、ルパ子は小さいときから彼の名前を省略して金田一きんだいちと呼んでいる。

『へいへい。任せてくださいよ』


 ルパ子は階段を駆け上がる。これは陸橋だ。

 陸橋は線路の上を渡って向こう側までいける橋。ここの線路は十本以上あるので、陸橋はかなり長い。

 ルパ子が階段を駆け上がり、向こう側をめざして走り出すと、前からも走ってくる警官の影が見える。

 このままだと挟み撃ちにされてしまうが、ルパ子は慌てない。


「金田一、そろそろスイッチ入れて」

『もう、かい?』

「早くして。前からも警官が来ているから」

『そりゃ大変だ。……よし、スイッチ・オン! 入れたぞ』

 とたんに、向こう側のビルの上で小さな爆発が起こる。昼間仕掛けておいた小型爆弾が爆発したのだ。

「なんだ?」

 警官たちが驚いて足をとめる。が、ルパ子はそのタイミングで全力疾走した。

 爆弾は工事中のビルの鉄骨にくくりつけたられクレーンの先端、それを固定していたロープを切断するためのものだ。

 いまそのロープが切れたため、線路の上に伸びているクレーンのアームを中心に、さきっぽの重いフックがワイヤーで吊るされた分銅のようにこっちへ飛んでくる。

「あ、いかん。あれだ!」

 背後の刑事が気づいて、ぶーんと飛んでくるクレーンのフックを指さす。

 でももう遅い。ルパ子は陸橋の手すりに飛び乗ると、タイミングを合わせてジャンプした。振り子のように飛んできたクレーンのフックが、そこへ差し掛かり、ナイス・タイミングで空に舞ったルパ子がクレーンのフックをつかむ。

 大きなブランコのように、一度後ろへ大きく揺れたクレーンのワイヤーは、やがて空高く舞い上がって、一瞬止まる。と思ったら、ふわーんと逆側に振れはじめる。

「こらー、ルパ子ー!」

 陸橋の上で若い刑事が、悔しそうに叫んでいる横を、ルパ子はぶらーんとクレーン・フックにつかまったまま、一度すれちがい、もどってきた勢いで華麗に追い抜く。

「じゃ、イケメンの刑事さん。さよならアデューー」

 優雅に手を振るさよならの挨拶。ルパ子は大きく揺れるクレーンのワイヤーにつかまったまま、線路を越えて向かい側のビルへとあざやかに逃げ去る。しかも、華麗に!


 クレーンのフックにつかまって、風を切って夜の街を飛び越えた怪盗を、警官たちは今回も捕まえることが出来なかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る