第33話 また会えるかな?
帝王ホテルの一階は、広々としたロビーだ。
宿泊受付のフロントがあり、壁で仕切られていないおしゃれなカフェや、自由に使える豪華なソファーが並んでいる。
人も大勢いる。宿泊客。ホテルの従業員。
そんな、大勢の人々であふれているフロアに、ルパ子はさっそうとエレベーターから降りたった。
彼女に気づいた周囲のひとたちが、息をのむ。
遠くで小さい子供が「ルパ子ー!」と大きな声をあげた。
ルパ子はにこやかに手を振ると、そのままエントランスの近くに立つ森屋先生のところへとまっすぐ向かう。
みながルパ子に注目し、なにも言わずに彼女のために道をあけてくれる。
じつは先生は、ルパ子のサービス・ワゴンには隠れていなかった。そのように見せて、ルパ子がわざと逃げ出したため、『シャドー』の男たちが彼女追いかけたのだ。
だが、先生はそのとき、自分の部屋のベッドの影に隠れていただけ。てっきり先生が逃げたと勘違いした男たちが、部屋から飛び出していった隙に、逃げ出してここにきたのだ。
「森屋先生、もうだいじょうぶですよ」
ルパ子はの先生の前に立つと、にっこりと笑った。
「ありがとう、まさかあの有名なアルセーヌ・ルパ子さんが、助けに来てくれるとは、思わなかったよ」
先生はちょっと驚きつつも、爽やかに笑う。ちょっと格好良い。ルパ子はなぜか、胸がドキドキするのを感じた。先生の「ありがとう」という言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。
「す、素敵な殿方が、犯罪組織『シャドー』に捕まっていると知って、盗み出すことにしたのです……」
ちょっとシドロモドロになってしまった。
先生が笑顔でうなずく。
「うわさの美少女怪盗に盗んでいただけるなんて、光栄だな。助けてくれて、ありがとう」
先生は笑顔で頭をさげる。
「いえ、そんな」
ルパ子は自分の顔がぽっと赤くなるのを感じた。なんだか分からないが、頬が熱い。
「で、では、これにて」早口に言って、背を向ける。本当はもう少しここにいて先生と話をしたかったのだが。
「ねえ、ルパ子さん。また会えるかな?」
「えっ」
振り返って、先生の目を見つめる。まるでその瞳に吸い込まれてしまいそうになるが、無理に、いや自然に笑ってルパ子はうなずいた。
「はい。またお会いしましょう」
さっそうと踵を返し、歩き始める。でも、背中に先生の視線を感じて、ルパ子の身体は全身から汗を吹くようだった。
そのあと、先生は警察に行ったらしい。
ここからは、秋菜から聞いた話だ。
先生は警察に行き、犯罪組織『シャドー』に誘拐されたこと。ホテルに軟禁されていたこと。そして、毎朝車で連れ出され、どこだか分からない場所で爆弾を作らされていたことを話したらしい。
それは、超新星爆弾というもの凄い破壊力のある爆弾なのだそうだ。
最初警察は、この新型爆弾のことを知らず、先生が誘拐され、犯罪組織『シャドー』によって超新星爆弾を造らされたことを発表してしまった。
また、先生自身も、自分のSNSで、犯罪組織に脅され、超新星爆弾を造ってしまったことを謝罪する動画をあげた。その動画は、波留もドキドキしながらこっそり見た。
しかし、そのあと世間は大騒ぎになったのだ。
超新星爆弾は、巨大な人工ルビーと超高エネルギー物質『ギガニウム』を組み合わせることによって製造することが初めて可能になる、超エネルギーを放射する新型の爆弾なのである。
その破壊力は核兵器に勝るとも劣らない。そんな大量破壊兵器を、犯罪組織『シャドー』が所持していることが、
「超新星爆弾を造るには、特大のルビーが必要なんだってさ」
ネットの噂から情報を得た金田一が語っている。
「それがほら、波留が盗んだあの人工ルビー『スーパーノヴァ』の大きさなんだよ。波留が盗んだことで注目を集めたから、かえって『シャドー』が超新星爆弾を所持していることに信憑性が生まれてしまったね。それを理由に、ルパ子を非難している輩もいるけど、それはちょっとお門違いだから気にしない方がいいよ。第一あの『スーパーノヴァ』がいくつもあることは、例の船会社が動画で証明していたしね」
「はぁっー」
波留は溜息をついた。
「だから、落ち込む必要はないって」
金田一が慰めるが、波留はまったく興味がない。
「そんなこと、どうでもいいのよ」
波留はいま、朝から晩まで先生のことを考えていた。
あのとき先生はルパ子に、「また会えるかな?」と言ってくれた。
あれは、ルパ子に言ったのだ。波留に言ったわけではない。先生は波留がルパ子だとは知らないのだから。
いやそれどころか、たくさんいる生徒の中で波留のことを覚えているかどうかも怪しい。。もしかしたら、波留という女子生徒がいることを先生は知らないかもしれないのだ。
いつも、大勢の女子に囲まれていたし……。
(このまま先生の教育実習が終わっちゃったら、もう二度と会えないのかなぁ?)
波留はそんなことを考えて、また大きくため息をついた。
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