第34話 脅迫する機械


「波留は?」

 波留の父親、冬彦は、帰って来るなり妻の夏樹にたずねた。

 彼の正体は、インターポールの秘密捜査官コンドルである。今回、犯罪組織『シャドー』が新型爆弾を手に入れた事件で、警視庁の緊急会議に参加していた。


「勉強するって上にあがっていったけど」

 夏樹は興味なさそうに冬彦のカバンを受け取り、書斎へ持っていく。冬彦はちらりと二階の気配をうかがい、「いないみたいだけど?」と妻の背中に声を掛けた。


「勉強するって上にいったときは、だいたいお隣の金田一くんの部屋にいるわね」

 興味なさそうな妻の、背中ごしの返答。

「それって、だいじょうぶなの? 年頃の娘なのに」

 心配しながら靴を脱ぐ冬彦。


 着替えてテーブルにつくと、すぐに夕食が並べられる。

「ねえねえ、波留はお父さんが帰って来たっていうのに、あいさつしに降りてきたりしないのかな?」

「そういう年頃よ」

 にべもない妻。

 冬彦はちいさくため息をついて、箸を取る。

「まずいことになったよ」


「犯罪組織『シャドー』のこと?」

「東京都に脅迫状を送ってきた。百億円用意しないと、都内のどこかで超新星爆弾を爆発させるってさ」

「ぶっそうな話ね」

 グラスにビールを注ぎながら、他人ごとみたいに言う妻の夏樹。

「ぶっそうな話だ。だが、超新星爆弾を作るには、三つの物が必要だ。ひとつは、巨大な人工ルビー。もうひとつは、超高エネルギー物質『ギガニウム』。そして、三つ目が素粒子物理学に詳しい科学者。今回誘拐された森屋瞬介という青年は、マサチューセッツ工科大学で素粒子力学を学び、学位をとっている。彼の知識があれば、超新星爆弾は作製可能だ。事実、誘拐された彼は、警察の取り調べで超新星爆弾を、『シャドー』に脅されて作ったと話している」


「つまり、『シャドー』は、超新星爆弾を、かなりの確率で持っているというわけね」

 自分もテーブルについた妻の夏樹は、自分のグラスにもビールを注いだ。

 ふたりでささやかな乾杯をする。


「大量殺戮さつりく兵器は、じっさいには存在しなくても、あるかも知れないというだけで、十分威嚇の効果がある。本当に爆発させる必要はないんだ。たとえ『シャドー』がじっさいには超新星爆弾を所持していなかったとしても、東京都は『シャドー』に対して、百億円を支払うしか選択肢がない」

「でも、それをしてしまうと、テロに屈したとして、世界各国から非難を受けることになるわね」

「そして、同じような第二、第三の犯罪が世界中で起きることになる」

「…………」


 冬彦はちいさくため息をついた。

「この件には、波留も一枚嚙んでいる。『シャドー』が人工ルビーを所持していることを有名にしたのは、アルセーヌ・ルパ子だからね」





 波留はきのうからずっと、先生のことばかり考えていた。寝る時も、目を閉じたら先生の顔がまぶたの裏に張りついてなかなか眠れなかった。でも、まったくつらくはないのだ。

 なにかドキドキして、先生のことを考えているだけで楽しい。わくわく、そしてきゅんきゅんしてしまうのだ。


 そのうちに心がほかほかして、波留はいつに間にか眠ってしまった。翌朝はいつもより早く目が覚め、寝起きもすっきりしていた。そしてまた、先生のことを考えてしまう。


 きのう先生は、ルパ子にもう一度会いたいと言ってくれた。

 波留の姿で行っても気づかれないだろうから、一度ルパ子の姿で先生に会いに行こうかな。それで、すこしお話して、いまより少し仲良くなって、それから……。


 わたしがアルセーヌ・ルパ子ですって、正体を明かす……?


 先生は、怪盗なんか好きになってくれるだろうか。怪盗っていうと格好いいけど、それは結局、泥棒だよね。先生が、泥棒とつき合ったり、結婚したりするのかな?


(先生……、そんな人じゃないよね)


 沈んだ気持ちで登校した波留。

 でも、このあと授業が始まれば先生に会える。学校の授業が待ち遠しいなんて、初めてのことだ。いつもは朝の時間が憂鬱なのに。

 そんなことを考えて、波留は自分自身に苦笑してしまう。ちょっと笑いながら教室に入った波留を迎えたのは、深刻な表情をした秋菜だった。


 秋菜は波留の顔を見ると、走ってきてこう告げた。

「大変、波留! 森屋先生が学校やめたんだって!」


「えっ……」


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