第4章 大空の爆弾

第35話 東京都脅迫


 犯罪組織『シャドー』が、東京都へ送った脅迫動画と同じものを、いっぱんの動画サイトにアップしたのが、その日の昼だった。


「現金で百億円を用意すること。さもないと、三日後の水曜日、超新星爆弾を東京都内のどこかで爆発させる。いいか、都知事さん。現金で百億円だ。受け取り方法はおって指示をだす」

 動画のなかで尊大な態度でしゃべっているのは、前回警察が捕まえそこねた『シャドー』の幹部タイガーだった。


 この脅迫動画はたちまちのうちにSNSサイトで拡散し、テレビの速報で流され、電車の車内画面で、街頭の大型ビジョンで、スマートフォンの緊急速報で公開された。


 だが、それで東京がすぐにパニックになったかというと、そうでもなかったのだが、水曜日と期限を切られたため、東京から脱出を計画する人も大勢いた。

 超新星爆弾を作るには、巨大な人工ルビーと、超高エネルギー物質ギガニウムが必要だ。

 これに関しては、『シャドー』に誘拐された森屋先生が、超新星爆弾を作ったと証言し、SNSサイトで謝罪もしている。そのため、犯罪組織『シャドー』が超新星爆弾を所持していることは間違いないというのが、テレビのコメンテイターたちの意見。


 ただ、身の危険を感じてか、森屋先生が姿を消してしまっているため、ことの真相は謎のままだ。

 そして、東京都知事は、じっさいに『シャドー』に対して、百億円を支払うかどうかという決断を迫られていた。

 そしてとうぜん警察は、『シャドー』の幹部タイガーの行方を血眼になって追っていた。




「ねえ、金田一。『シャドー』が超新星爆弾を爆発させるとしたら、どこが怪しいと思う?」

 金田一のベッドの腰かけた波留は、後ろに手を突いた姿勢でパソコンに向かう金田一の背中に問うた。


「そんなこと分かんないけど、狙うとすると、東京駅とかじゃないかな? あの辺は省庁も多いし、皇居もある。警視庁だってちかい」

「なるほどー」

「あとは、新宿? あそこには東京都庁がある」

「それはないわ」波留はばっさりと斬り捨てる。「都庁がなくなったら、お金を払ってくれる人がいなくなっちゃうじゃん」

「たしかに」苦笑した金田一は、こんどは波留にたずねる。「でも、なんでそんなこときくの? もしかして、超新星爆弾を盗もうとか考えてる?」

「盗み甲斐、ありそうじゃない? きっと『シャドー』も悔しがるだろうし」

「危険が大きいから、そんなことやめときなよ。第一、超新星爆弾がどこにあるのかが分からないでしょ」

「うん、そうね」素直にうなずいておいて、頭の中では必死に考えている。『シャドー』は東京都のどこに、超新星爆弾をしかけるだろうか?と。


 『シャドー』の要求は現金で百億円。となると、爆弾をどこかに隠して仕掛けるよりも、すっごく目立つけれど手の出せない場所に仕掛けて、大勢の人に見せるのが、もっとも効果的ではないだろうか?


「ねえ、金田一。ちょっとまえに、中国から超大型飛行船が日本に来たってニュース、やってなかったっけ?」

 波留はふと口に出した。

 ぴくりと反応した金田一が、驚いた顔で振り返り、指をぱちんと鳴らした。

「それだ! あの飛行船が行方をくらませたという続報が流れていたんだ。『シャドー』の東京都脅迫動画のニュースですっかり話題になってなかったけど」

 そして、慌ててパソコン画面に向き直り、マップを表示する。

 波留も立ち上がって金田一の背中ごしに画面をのぞきこむ。


「もしあいつらが、飛行船に爆弾を仕掛けて、都内を飛び回るつもりだとすると、空を飛ばれたら警察は手も足も出ない。自衛隊が撃墜するなんてことも出来ないから、みんな指をくわえて見ているだけさ。そんなド派手な脅迫をされたら、いまの都知事なんて、大慌てで百億円用意しちゃうよ。ぼくらの払った税金なのに」

「あんたは払ってないけどね」

「…………」

 ちょっとだまった金田一は、気を取り直して飛行船の飛行コースを予測しはじめた。


「やはり東京駅周辺だと思うんだ。皇居の上は飛行禁止だから、丸の内から大手町にかけてかな」

「なにいってるのよ。『シャドー』が飛行禁止の場所なんて気にするはずないじゃない」

「たしかに」

「大手町は高層ビルが多いわね。ビルの間を縫って飛ぶかしら?」

「宣伝効果が大きい。きっと飛ぶね。あとは渋谷、原宿かな。若者の街はみんなが写真撮ってアップしてくれるからいい宣伝、いやいい脅迫になる。あとは……」

「新宿の高層ビル街。都庁もあるし。やっぱやるなら、ここね」


「え? 『シャドー』が爆弾を新宿で爆発させるってこと? でも、波留はさっき、新宿はないっていったよね」

「ちがうわよ。やるのは、わたし」

「波留がやるって……、なにを?」

 金田一がきょとんとたずねる。


「決まってるでしょ」波留は微笑んだ。「超新星爆弾を盗むのよ」

「ええっ? 飛んでいる飛行船の中から?」

「中にあれば、中から盗む。でもきっと、『シャドー』は超新星爆弾を、よく見えるようにぶら下げて飛行すると思う。わたしならそうする」

「いや、船内だろうが船外だろうが、飛んでいる飛行船から爆弾盗むなんて、そんなの不可能だよ」


「なんど言わせるのよ」波留はにっこりと笑って、金田一の肩をぽんと叩いた。「アルセーヌ・ルパ子に、盗めないものはない」


「もう、毎回毎回、むちゃくちゃだよ」

 金田一はあきれた悲鳴をあげた。

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