第36話 飛び立つ脅迫の船


 水曜日。『シャドー』が爆弾予告した日。

 東京都は結局、『シャドー』に百億円を支払わなかった。犯罪者の脅迫に屈するわけにはいかないとニュースで都知事が熱く語っていたが、噂では現金で百億円を三日でそろえるなんて無理だったらしい。じっさい東京都にそれだけの予算もないし。


 警察はやっきになって都内を捜索し、超新星爆弾の行方を追っていた。が、結果はでなかった。

 いっぽうインターポールの秘密捜査官コンドルは独自に動き、じつは波留と同じ結論に達していた。中国から来ていた大型飛行船が怪しいと。

 が、警察の捜査の手を逃れるように、飛行船は成田空港へ移動し、そこから行方をくらませる。飛行計画にないコースを移動したようだ。

 コンドルは飛行船の行方を追うよう警視庁に進言するが、まわせる人員がいないという理由で断られ、やむなく単独捜査に移行する。

 もともとが秘密捜査官の彼である。組織捜査は苦手だった。


 一方、警察の目を盗んで成田空港から移動した飛行船は、深夜のうちに調布飛行場へ着陸。

 そののち、胴体の下部にワイヤーを装着し、そのさきに四角いコンテナを接続した。

 飛び上がると、そのコンテナが飛行船の下にぶらさがる仕組みだ。コンテナの四方には、大きな文字で「超新星爆弾」とペンキで描かれていた。



「これはなんですか?」

 翌朝、飛行船の胴体にワイヤーで接続されたコンテナをみて、山田という操縦士が目を丸くする。

「こんなもの吊り下げて飛行することは、航空法で禁じられています」

「いいから、おまえは黙って言われたとおりに操縦すればいいんだ」

 二人の乗客のうちの片方、太った男が、山田操縦士の額に拳銃を突き付けた。


「なにをするんですか?」

 青い顔で両手を上げる山田操縦士を満足げに見つめる太った男は、犯罪組織『シャドー』の幹部、タイガーである。

「いいから、出発だ。変なことをしたら、後ろからその頭に拳銃の弾をぶち込むからな」


 タイガーに脅され、仕方なく操縦席につく山田。

 タイガーと、その護衛のサングラスの男が後席に着く。護衛の男は長身で細身。大きなキャリー・ケースをもっている。


 三人が乗り込み、飛行船はふわりと空に舞い上がる。

 下部からワイヤーで超新星爆弾をぶら下げた飛行船は、日の出とともに離陸した。燃料は満タン。あとはのんびりと東京の都心をめざすのみである。


「まずは品川を目指せ」

 後席から拳銃をつきつけて、タイガーが命じる。

「飛行計画とちがいますよ」

「言われた通りにするんだ」

 タイガーの脅しつける声。


 飛行船は飛行機と違い、操縦室と客室が分かれていない。前の席が、操縦装置のある操縦席で、後ろの席が客席。自動車とおんなじだ。

 ただ、この飛行船は超巨大サイズなので、客席も五十人乗れる広々としたもの。ただし、現在乗っている乗客はタイガーとサングラスの男の二人だけ。二人とも山田操縦士のすぐ後ろの席について、楽しそうに空の旅を楽しんでいる。


「下にぶら下げたコンテナに、超新星爆弾と書かれていましたが、あれは本物ですか?」

 山田操縦士がおずおずとたずねる。

「本物さ」タイガーが楽し気に笑う。「われわれはあの爆弾で東京都を脅迫し、百億円をいただくのだ」

「でも、あれが爆発すれば、わたしたちも一緒に吹き飛んでしまうのではないですか?」

「はっはっは。安心しろ」タイガーが豪快に笑う。「あのコンテナの中の超新星爆弾は、リモート・コントロールで爆発するのだ。これからこの飛行船で東京中を飛び回り、さんざん都民を怖がらせた後に、ワイヤーを切り離して爆弾をどこかに落とし、安全な距離まで逃げたのち、爆発させればいい。こんかい東京都が百億円を払わなかったとしても、心配はないぞ。ここで一度大爆発を起こしてたくさんの被害が出れば、つぎの都市では大慌てで知事が百億円を用意するだろうからな」


「タイガーさま」護衛のサングラスの男が大きなスーツケースを後ろの席に運びこんでいたが、その作業が終わったらしい。「準備完了です」

「うむ。おい、操縦士。品川をめざせ」

 こうして、爆弾を吊るした大型飛行船は東京へと、その舳先を向けたのだった。


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