第5話 その名は『血と涙』
「どう? 金田一、調べはついた?」
窓を開けて入って来た波留は、あいさつもせずにたずねる。
「うん、まあね」
パソコンに向かっていた金田一も慣れたもので、振り向きもせずに答える。
「どうやら、そのダルーレの指輪は、『血と涙』って名前らしいよ。もともとそういう名前なのか、だまし取った奴らがつけたのかは知らないけど。一応、原宿にあるお店に展示されているみたいだ。販売価格は、なんと十一億円だってさ」
「純子おばあちゃんから十万円でだまし取ったくせに、十一億円の値段をつけるなんて、かなり悪質な連中ね。でも、十一億円ってなんか半端な値段ね」
「たぶん消費税でしょ」
画面を見ながら、金田一がビニール袋をあけて、歌舞伎揚げをばりばり食べだした。
波留は無断で金田一の歌舞伎揚げをひとつ取ると、自分もばりばり食べ始める。
「なんてお店?」
「『シャイン・ドリーム』。原宿では有名な高級宝石店だよ。ほら、あの高級ブランドのお店がならぶ通りにあるんだ」
「美術館通りの方か」
「でも、その分、セキュリティーも厳しい。お店には警備員が常駐しているし、ネットにつながった警察への通報システムもある。もちろん通常の監視カメラや警備会社へのオンライン警報器も設置されている。夜、忍び込むにしても、頑丈なスチール・シャッターが閉まっているし、壁は分厚いコンクリートだし、警報装置だっていくつあるか分かったもんじゃない。警備システムも動体センサーで、動くものがあれば反応するタイプだろうし、侵入するのは難しい。いや、無理じゃないかな?」
「動くものに反応するセンサーなんて、あたしだって知っているよ」
いちおう後ろから金田一の頭をぽかりと叩いておく。「痛いなー」と抗議するが無視。
「人をだまして奪ったものを展示して、十一億円もの値段をつけて売ろうなんて許せない。絶対盗んでやるんだから」
波留は決意を固める。
「でも、無理だろ。これは難しすぎるよ」
「とりあえず、予告状を出さなきゃ」
「いやいや。予告状なんて出したら、なおさら警備がきつくなって、絶対に盗めなくなるって」
「逆よ」波留は腰に手を当てて、にやりと笑った。「予告状を出して、警備を最高にきつくさせて、絶対に盗めない態勢が整えられた状況で、あえて盗む。それが怪盗でしょ」
「波留は頭がおかしい。今度こそ絶対に捕まるぞ」
「捕まらないわよ」波留は自信たっぷりに宣言した。「なぜなら、絶対に盗んで見せるから」
金田一の家の窓から、自分の家の窓に飛び移った波留は、さっそくおじいちゃんの部屋のパソコンで予告状を作った。ここで注意するのは、予告状に指紋をつけないこと。
波留はまず最初に手袋をつけてから作業を開始する習慣をつけている。
『五月三日。貴店所蔵のダルーレ作の指輪「血と涙」をいただきにあがります。アルセーヌ・ルパ子』
文章はシンブル。予告はするが、あまり余計な情報は相手にあたえたくない。波留は予告状を作ると、パソコンのデータを消して自分の部屋にもどる。
いま夜の八時過ぎだが、家には波留の他はだれもいない。
お父さんは商社につとめているので出張が多く、家にいないことが多い。商社の仕事とは、世界中をとびまわることらしいのだ。
お母さんは介護職。日曜日も休みではないし、夜勤もある大変な仕事だ。ただし、いきなり平日休んだりもしているが、とにかく時間が不定期。今夜は夜勤で帰らないとメモが置いてあった。
波留はキッチンに用意してあるシチューを温め、炊いてあるごはんと冷蔵庫に入っていたサラダで夕食にした。
テレビをつけると、中国から海を渡ってやってきた超大型飛行船のニュースをやっている。魚雷みたいな船が、ふわふわと空に浮かんでいて、それが羽田空港の端っこに着陸する様子を流していた。この飛行船は従来の物の二倍の大きさがあるらしい。
「飛行船って、なんか平和な乗り物よね」
感想を述べるが、答える人はだれもいない。
小さいころから両親は留守がちで、いつも波留の相手をしてくれたのはおじいちゃんだった。
おじいちゃんは若いころ、有名な怪盗だったらしい。
「あのころは、怪盗アルセーヌ・ルパ夫といえば知らない人はいなかったんだ」
よく自慢していた。波留のご先祖は豊臣秀吉につかえた忍者で、有瀬家の家系は、その後大勢の忍者や泥棒が生まれる。それがだんだん怪盗の家系となっていき、おじいちゃんはその最後の世代だった。
だが、いつも一人ぼっちの波留を可愛そうに思ったおじいちゃんは、みんなに秘密にしていた怪盗術を波留に教えてくれたのだ。小さいころからおじいちゃんに怪盗術を仕込まれた波留は、去年おじいちゃんが亡くなったのを機に、自分も怪盗になろうと決心した。
泥棒は悪いこと。盗みは犯罪だ。だが、おじいちゃんはよく言っていた。
『怪盗は世のため人のため。盗むことによって救われる命もある』
その言葉の意味はまだ、波留にはよく分からないが、おじいちゃんに教えられた怪盗術を駆使し、それを磨くことによって、きっと分かる日がくると波留は思っている。
つぎの日。放課後。
波留は指紋がつかないように作製した予告状の封筒をビニール袋に入れて家を出た。電車で原宿までいって、駅の近くのポストに予告状を投函する。そして、その足で、ダルーレの『血と涙』が展示されている高級宝石店『シャイン・ドリーム』まで行ってみた。といっても中には入らない。まえを通るだけ。
原宿の表参道は、まるで夢の国みたいにきらびやか。すてきな街路樹と街灯規則正しくがならび、広い歩道を歩く人もおしゃれで、芸能人やモデル、もしくはそれ以上に素敵な男性女性たたちばかり。
中学生の波留は目立つ。この辺りには高校生のお姉さんもあまり姿が見えない。
広い通りの路肩には、高級車がずらりと停車している。ベンツ、ポルシェ、フェラーリ。
そんな街並みのなかに、白亜の宮殿のような高級宝石店シャイン・ドリームはあった。
盗みに入る都合上、店の中がどうなっているかは気になるところだが、何度も何度も中学生の女子が店に入れば目立ってしまう。下見は一度だけ。しかも予告状が届いて、警備が厳重になってからだ。そうでないと意味がない。
厳重になった状態の警備をかいくぐって盗むのが、波留の目的だから。
なぜならば……。
「その方が、華麗だからよ」
きらびやかなお店の前を素知らぬ顔で通り過ぎながら、波留はつぶやいた。
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