第6話 ルパ子、『血と涙』盗むってさ
そろそろ郵送した予告状がとどいたかな?
そんなことを考えながら、教室に入った波留を迎えたのは、大興奮した秋菜だった。
「ねえ、聞いた? ルパ子がダルーレの『血と涙』を盗むらしいよ!」
その言葉を聞いた波留は、さすがに驚く。
「えっ! なんで知ってるの?」
「だって、ニュースになってるじゃん。あれ、波留も知ってた? なんだ、あんたもルパ子に興味あるんじゃない。ルパ子は泥棒だから悪い奴だなんて言ってたくせに」
「いや、その……、泥棒はわるいことだよね……」
思わず口ごもってしまう。そして、思わず驚いてしまったことを後悔する。
『怪盗はいつも冷静でいなければならない。たとえそれが警官たちに追い詰められた時でも』
おじいちゃんの言葉である。
(そうだ。あたしもいつも冷静でいなくちゃ)
「で、ルパ子が『血と涙』を盗むんだって?」
冷静さを取り戻した波留は、にこりと笑って秋菜に話の続きをうながす。
「そうそう。原宿にある『シャイン・ドリーム』って宝石店から、ダルーレって有名なデザイナーの作った指輪『血と涙』を盗むのよ。でもそれ、波留も知ってるんだよね」
「うん、まあ。さっき一年生の女子が話しているのを階段のところで聞いたから」
嘘である。
「そうなんだ。もうそんなに話題なんだ」
秋菜はほくほく顔でうなずく。
「ルパ子も有名になったもんだわ」
なんか、「あたしはデビュー当時からルパ子のファンなんだからね」みたいな顔で、秋菜は腕組みして、「うんうん」とうなずいている。
「なんだ、またルパ子の話題かい」
波留たちの話に、横から明智亮馬が割り込んできた。
明智亮馬は成績優秀、運動神経抜群、美少年なうえに性格もいいのだが、なぜかルパ子のことだけは目の敵にしている。亮馬のお兄さんが刑事で、その刑事のお兄さんがルパ子を捕まえようとして何度も失敗しているのが原因だと思う。
今日も挑戦的な態度で秋菜にからんできた。
「なによ、いいじゃない」
秋菜はつっけんどんに答える。
以前は秋菜も、「明智君ってかっこいいよね」とか憧れの目で見ていたのだが、彼が秋菜の大好きなルパ子を悪く言うものだから、いまではすっかり二人は犬猿の仲である。
「今度は宝石店に予告状を送ったらしいじゃないか。だが、兄貴の話だと、あそこから何かを盗み出すのは、いかに怪盗アルセーヌ・ルパ子といえど不可能だということだ。盗もうとして盗めずにすごすごと帰るか、無理に盗もうとして失敗して警察に捕まるかのどちらかだろうね」
「そんなことないわ。ルパ子は盗むといったものは、絶対に盗むから」
「へー。篠宮さんはこう言っているけど、有瀬さんはどう思う?」
いきなり話をふられた波留は、「え?」と言葉をつまらせた。
「分かんないけど、でも、べつにルパ子の肩を持つわけじゃないけど、絶対に盗めないってことはないと思うよ。この世には絶対なんてこと、なにひとつないから」
波留の言葉に、亮馬は、えっ?という顔で応じた。
今回も波留が自分の味方をしてくれると思ったのかもしれないが、あてが外れたようだ。
だが、波留はあくまで一般論として、絶対はないと思っている。
それは、波留があの宝石店から『血と涙』を盗むことが、かなり難しい……、ことよると不可能かもしれないと考えている気持ちがあるからだ。
不可能かもしれない。でも、この世に絶対はない。だったら、あの『血と涙』を盗み出す方法も、あるのではないか?
波留の言葉をきいた亮馬は、すこし落ち込んだ様子でその場を去ってゆく。
「そうだよ、波留。絶対なんてないよ」
秋菜が嬉しそうに笑う。そして、思いついたようにつけ加える。
「あ、でも、あるよ。絶対。絶対にルパ子はあの指輪を盗むから」
いやそれ、ちょっとプレッシャーだな、と心の中で苦笑しつつも、波留は冷静に、いま自分が知りたいことを秋菜にたずねる。
「ルパ子の予告状が届いたって、テレビのニュースかなにかでやってたの?」
「ん? ちがうよ。ネットニュース。なんでも、宝石店『シャイン・ドリーム』が、ルパ子からの予告状が届いたことを大々的に宣伝しているらしいよ」
「そういうことかぁ」
すっかり感心した風に大きくうなずく波留。だが、心の中では、「ちっ」と舌打ちしていた。
(そういうことか。ルパ子の予告状をお店の宣伝につかっているんだ)
「ねえねえ、今日の帰りに行ってみない?」
秋菜にとつぜん言われた。
「え、どこに?」
「どこにって、もちろん『シャイン・ドリーム』よ」
「え、でも原宿でしょ」
「電車で行けばすぐじゃん。地下鉄だと一本でいけるよ」
「そうだけど……」
といいつつ、波留は頭の中ですばやく計算する。
今日秋菜といっしょに『シャイン・ドリーム』に行けば、事前に下見が出来るし、不信感もない。監視カメラで撮影される危険はあるが、秋菜といっしょなら自分がルパ子であると疑われることもない。
(渡りに船とはこのことね。よし、行こう!)
「うーん」波留はわざとすこし迷ったふりして、答える。「今日は忙しいけど、原宿行って帰ってからでも間に合うかなぁ……。うん、仕方ない。つき合うよ」
にっこり笑ってみせると、秋菜は飛び上がった喜んだ。
「やったー。じゃあ、ふたりで見学にいこうね」
「うん」
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