第38話 起爆装置、作動!


「動くな。動くとスイッチを入れるぞ」

 森屋が狂気にとらわれた目で、周囲を見回す。


「やめろー」

 情けない涙声で懇願するのは、『シャドー』の幹部タイガー。

「ここで超新星爆弾を爆発させれば、俺たちも死ぬんだぞー」


「構わないさ。ぼくたちは失敗したんだよ、タイガー。もうおしまいさ。人生の破滅だよ。だからここで、あの有名なアルセーヌ・ルパ子と華々しく散るんだ! そうすれば、ぼくの名前は歴史に残る。いつまでも伝説として語り継がれる。ぼくは伝説の男になれるんだ」


 絶叫する森屋。その背後、窓の外を高層ビルが流れて行く。


 飛行船は新宿のビル街、東京都庁の前へと到達していた。


 荘厳な大城郭のような壁面が、窓の外を流れて行く。コンドルはちらりと、都庁の窓のひとつに視線をそそいだ。


 その窓は開いており、そこから細長い黒い棒がのびている。その黒い棒が、真っ直ぐにこちらを狙っていた。


 銃声はしなかった。ひゅん!と唸った銃弾だけが正確に、森屋の持つリモコン装置を撃ち抜いた。とつぜんパリンと爆ぜた装置が砕け散り、いくつもの破片が飛び散る。

「えっ」

 森屋が驚いて、砕けてしまったリモコン装置と、窓にあいた銃痕を交互に見る。


 ──さすがいい腕だ、お母さん。

 リモコンを狙撃したのは、コンドルの妻にして、波留の母親、有瀬夏樹。インターポールに協力してくれているスナイパーである。彼女はどんな標的も外さない。


 リモコンを撃たれて呆然としている森屋に、ルパ子が猛然とダッシュした。


 はっとした森屋がファイティング・ポーズをとり、ボクシングのパンチを繰り出すが、ルパ子は入れ違うように身を沈めて、猛烈な後ろ回し蹴り。

 ミニのスカートがひるがえり、振り回された足先が、森屋の顔面に強烈に入る。

 あれはおそらく、祖父から習った格闘術だろう。だが、コンドルはため息をつく。

 ──ミニスカートで回し蹴りはやめなさい。


 ルパ子に蹴り飛ばされて壁まで飛んだ森屋は、そのまま立ち上がれなくなってしまう。意識は失っていないのだが、腰が抜けてしまって手足の自由がきかない様子。鼻血をたらしながら、情けない顔で手を上げる。

 もう降参という意味らしい。


「犯罪組織に加担するなんて、先生、最低だわ。がっかりです。伝説の男っていうのは、みんなが語りついで初めて伝説になれるんです。伝説の男になりたかったら、人々に語りつがれるような、凄くて、華麗で、そして他人には不可能と思えるようなことをしなさいな」


 ルパ子がぴしゃりと叱咤するのを、うすら笑いを浮かべて聞いていた森屋は、きゅうに震えだすように身体をひくつかせた。どうやら笑っているらしい。


「なにがおかしいの?」

 腕組みしたルパ子が、冷たい目で見下ろす。

 その彼女を、卑屈な視線で見上げながら、森屋はげらげらと笑い出した。


「いま、ぼくのリモコンを壊したろ。あれには安全装置が仕組まれていてね。破壊されると時限装置のスイッチが入る設計なのさ。後ろの席においたスーツケースの中の超新星爆弾は、あと五分で爆発する。これで君も終わりだね。ぼくも終わりだけど。そこのインターポール捜査官も、そしてタイガーも。いやそれどころか、周囲十キロ以内の人間もすべて死ぬんだ!」

 頭がおかしくなったように、森屋が笑い出す。


「ふうー」

 呆れたように肩をすくめたルパ子は、つぎの瞬間には軽い身のこなしで後席へ走っていた。そして、そこに置いてあるスーツケースをフロアの広いところに引っ張り出した。


 森屋に手錠をかけて軽く身体検査したコンドルも、すぐにスーツケースのある場所まで駆けつけた。その間十秒もかからなかったはずだが、ルパ子はすでにスーツケースのロックを外してフロアの上で広げている。


 スーツケースの中には、ぎっしりと機械がつまっていた。

 心臓部に赤く巨大なルビーを仕込まれた、異様な形状の爆弾。六角形の機関部と、うねるコードで接続された起爆装置、そして、カウントダウンをしているタイマー。それらがスーツケースのなかにみっちりとつまっている。


「本物か?」

 コンドルはルパ子にたずねる。

「さあ?」

 ルパ子は立ち上がると、スーツケースを森屋のところまで引っ張っていき、彼に尋ねた。


「止めるにはどうすればいいの? このままじゃあ、あなたも死ぬわよ」


「ぼくは死ぬのなんて怖くない!」

 森屋が裏返った声でヒステリックに叫ぶ。

「ぼくはもう破滅だ。ぼくの人生は終わったんだ。このままご高名なアルセーヌ・ルパ子と空で心中してやるのさ。それはなんとも、見事な最期じゃないか! きっと人々が語り継いでくれるよ。ぼくのことを。ぼくが凄い男だって!」


「ふざけるな、きさま」

 かっとなったコンドルは、森屋の胸倉をつかんで、首をしめあげた。「お前ばかりではない。地上の大勢の人の命も失われるんだぞ!」


「どう? 金田一」ルパ子の冷静な声が静かに響いた。

 コンドルが振り返ると、彼女は片眼鏡のカメラでスーツケースの爆弾を撮影し、金田一くんと連絡をとっているようだった。

 スピーカーにしたスマートフォンから、金田一くんの声が流れる。


「起爆装置とタイマー、あと切断警報装置がついているね。つまり、タイマーの数字がゼロになれば爆発するし、どこかの回路が切断されても爆発する。これを止めるには、タイマーの線を切らずに、切断警報装置の線を先に切る必要があるんだ」


「このふたつの線?」

 ルパ子がマントの内側からニッパーを取り出しながら、二つのリード線を指でたぐる。

 コンドルはそれを見て、ルパ子はいろんなものをマントの中にもっているな、と感心する。


「そう。それだ。赤い線と青い線のどちらかがタイマーで、どちらかが警報装置だ。タイマーの線は切るなよ。警報装置の線だけ切るんだ」


「わかった。で、どっちが警報装置の線?」

「そんなことぼくに分かるわけないだろう」


 金田一くんの答えに、線ではなく、ルパ子が切れた。

「はあ? ちょっと、ふざけないでよ! あんた、使えないわね!」


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