第16話 価値がないお宝
予告状を送る前に、現場を下見して来ようと思った波留は、『クイーン・クリスタル』号の展示会のチケットを取ってくれと金田一に頼んだ。しかし、彼の話では、チケットは売り切れで手に入らないということだった。
そして、翌日は学校で秋菜が、「チケットが手に入らないのよ」と騒いでいた。
「でも、ルパ子がいつ盗みに入るかは、まだわからないんだろう?」
そばにいた明智亮馬がたずねると、秋菜は自慢げに言い返していた。
「チケットだけ押さえておいて、ルパ子が行く日に、あたしも行けばいいんじゃん」
「意味が分からん」
亮馬は両掌を上にして、肩をすくめる。
つまり、先にチケットを買っておいて、ルパ子の予告状が来たら、その日に展示会に行くつもりらしい。
「でも、チケットって、日付指定じゃないのかよ?」
亮馬が不思議そうにたずねる。
「日付指定の展示会のチケットなんてないわよ。映画館や新幹線じゃないんだから」
秋菜がバカにしたように笑う。
「え? それなのに、チケットが取れないの?」
今度は波留が目をみはった。
「日付指定がないんなら、ばんばん発行すればいいのに」
「そうなのよぉ、波留ぅー。どうしよー」
秋菜が波留に泣きついてくる。
とりあえず波留は秋菜を「よしよし」しながら、頭の中では別のことを考えていた。
(チケットが手に入らないんなら、忍び込むしかないけど……。『シャドー』はルパ子をおびき寄せたいはずなのに、チケットの発行をしていない。つまりこれは……)
「罠か……」
波留がつぶやいてしまうと、秋菜が「え?」と顔を上げた。
「いやいや、なんでもない」
慌ててごまかす波留。
だが、これが敵の完璧な罠であることは間違いない。あの豪華客船『クイーン・クリスタル』号には、それ相応の準備をしていかなければ危険である。
波留はその日、学校から帰ったらすぐ、おじいちゃんの古い馴染みである平賀屋に電話をかけた。平賀さんは、死んだおじいちゃんと同じくらいの歳。でも、全然元気だ。
「もしもし、平賀さんのお宅ですか? アルセーヌ・ルパ夫の孫のルパ子ですけれど……」
「おー、ルパ子ちゃん。久しぶり。元気かい? 大活躍みたいだね。いつもテレビで見ているよ」
その言い方だと、まるでルパ子のテレビ番組が毎週放送されているみたいである。きっと、テレビのニュースで見ているという意味だろう。
「ありがとうございます。それで、つぎの仕事でいろいろと道具が必要になると思うんですが、お願いできますか」
「うん、わかった。ルパ子ちゃんの頼みじゃことわれねえ。なんでも言ってくれ。安くしとくよ」
「でしたら……」
ルパ子はつぎの仕事で使う予定の怪盗道具を平賀さんに注文した。
「ルパ子ちゃん、こんどはあの豪華客船のルビーを狙うのかい?」
「テレビでやったましたか?」
「いや、裏情報さ」
「さすがお詳しいですね」
「ああ。で、噂だが、あのルビー、『スーパー・ノヴァ』とか大仰な名前がついているが、どうやら偽物。人工ルビーらしいぜ。つまり盗む価値のないものだ」
「へえ」
「世界的犯罪組織『シャドー』ってのが動いていて、ルパ子ちゃんをおびき寄せるために、偽のルビーを展示しているらしい。だから、今回の仕事は、やめとくが利口だよ」
「貴重な情報ありがとうございます」
波留は丁寧にお礼をいって電話を切った。
波留がたのんだ荷物は、明日には通販の段ボールで届くらしい。
だが、波留は迷っていた。
(ルビーが偽物? それじゃあ盗む価値がない)
そもそも、そんな偽物の餌に喰いついたとなれば、それはアルセーヌ・ルパ子の名前に傷がつくのではないだろうか? それで敵に捕まりでもしたら、もの凄く間抜けな話である。
やるの? ルパ子?
波留は自分自身に問いかけた。
これは、本当に怪盗がやるべき、華麗な仕事なのだろうか?
(……そうか。盗む価値がなければ、価値を与えればいいんだ!)
今日はお母さんの帰りが遅い。まだ時間があるから、これから金田一のところに行こう。そして、予告を出すのだ。犯罪組織『シャドー』に対して。
「伝説のルビー『スーパー・ノヴァ』を、アルセーヌ・ルパ子が盗むってね!」
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