第40話 盗みは世のため人のため


「おはよう、波留。体調はもういいの?」

 翌朝登校すると、秋菜が教室で待ち構えていた。


 たぶん昨日のルパ子の活躍の話だろう。いつものごとく、秋菜と明智亮馬がふたりして、波留の机を挟んで立っている。きっと波留が来るまで二人してルパ子について論争していたにちがいない。


 秋菜が波留の体調についてたずねたのは、波留がきのう、身体の調子が悪いと欠席したからだ。

 なにしろ、波留はきのうは、超新星爆弾を盗みに昼間っからアルセーヌ・ルパ子として活躍していたのだから、学校どころではなかったのだ。


「うん、まあ、なんとかね」

「波留、きのう家にいたんなら、ルパ子の活躍をテレビで一日中見てられたんじゃないの?」

「見てないわよ」

 波留は憮然とこたえた。


 事実見ていない。なにしろきのうは、飛行船がぶら下げたコンテナを盗んだり、そのあと飛行船にのりこんで超新星爆弾の時限装置を解体したりと、めちゃくちゃ忙しかったのだから。


「篠宮、失礼だぞ」

 明智亮馬がたしなめる。

「有瀬は、身体の調子が悪くて学校休んだんだ。ズル休みしたわけじゃないからな」

 

 まあ、ズル休みではあるのだけど。


「なんかルパ子が大活躍だったらしいね」

 波留から話を振ってみた。

「そうなのよ!」

 いつも通り秋菜が興奮して声を高める。

「ルパ子が『シャドー』の超新星爆弾を盗んだのよ。それも、みんなの協力で!」

 だが、となりの明智亮馬はあくまで冷静。

「SNSサイトをつかって、みんなに協力を要請するというのは、どうかと思うな。ある意味、窃盗の片棒をかつがせることになるんだからな。嬉々として協力するやつらも、どうかと思うよ」


「なぁーに言ってるのよ」

 秋菜が真っ赤な顔で言い返す。

「ルパ子が盗んだのは、『シャドー』の爆弾じゃない。『シャドー』はあれで東京都を脅迫してたんだよ。しかも、爆発したら何万人も死んだんだからね。明智くんだって、死んでたかもしれないんだよ。そう考えると、ルパ子は明智くんの命の恩人でもあるじゃないの」


「だが、窃盗は窃盗だよ」

 亮馬がむすっとして口をとがらせる。

「それに、あの爆弾は偽物だったんだ。今朝のニュースで警察が発表していた」


「え? そうなの?」

 秋菜が目を丸くする。

「でも、森屋先生は脅されて超新星爆弾を作ったって言ってたよね、動画で」


「嘘だったんじゃないのか」

 ちょっと嬉し気に亮馬が笑う。

「『シャドー』に協力した容疑で、森屋瞬介は逮捕されたらしいからね。なんか愛想がよくて、うさんくさいと思ってたんだ」

 亮馬が森屋先生のことを悪く言うのを聞いて、波留の心はちくりと痛んだ。

 あの人はただ、自分が伝説の男になりたかっただけ。そしてそれは、男子ならだれもがもつ夢なのではないだろうか。


「森屋先生にはがっかりだよね。『シャドー』に誘拐されたふりして、じっさいには『シャドー』の一員だったらしいじゃん。なにそれって感じだよ」

 大ファンだった秋菜にも見限られてしまった森屋先生。


 でも……、と波留は思う。

(わたしも同じかもしれないな。みんなに凄いと言われたくて、絶対に盗めないようなものを盗んで鼻を高くしていたんだ。伝説の男になりたかった森屋先生とわたしは、根本的に同じなのかもしれない)


「でも、やっぱルパ子はすごいよ」

 ふいに秋菜が言い出す。


「だって、もし超新星爆弾が本物だったら、たくさんの人が死んでいたんだよ。それを盗み出しちゃうんだから、結果的にあれが偽物だったとしても、大勢の人の命を救ったのとおんなじだよ。だれかに頼まれたわけでもなくて、自分のためでもなくて、みんなのために盗んでくれたんだから」


 飛行船にあった超新星爆弾は本物だった。

 だが、それをルパ子が解体したことや、インターポールのコンドルが犯人たちを逮捕したことは報道されていない。


「まあ、そこはぼくも認めるよ」

 亮馬も腕組みしておおきくうなずく。

「盗みは盗みだが、人を救ったのも事実だ。そこは素直に、ぼくも凄いと認めるよ」


 波留は亮馬の言葉にはっとなった。

 そして、突然おじいちゃんの声が甦る。


『盗みは世のため人のため。盗むことによって救われる命もある』


(わたしは世のため人のために盗んで、だれかを救うことができたのかな?)


 そう思った瞬間、波留の瞳からぽろぽろと熱い涙がこぼれだした。とめどなく流れ落ちる涙。それはお湯のように熱かった。


「波留、どうしたの?」

 秋菜がびっくりし、亮馬がおろおろと手を伸ばす。

「有瀬さん、どこか痛いの?」


「ううん」

 波留は泣き顔でにっこり笑って、首を振る。

「なんでもない。でも、ありがとね。二人ともいつまでも、わたしの大切な友達だよ」


 秋菜が笑顔になった。

「そんなの、あったりまえじゃん」


 亮馬がちょっと困った顔をする。

「あ、ああ。もちろんさ」




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